2013年1月21日放送
#16「ちっちゃいけど誇りにしたい会社 其ノ二」
- 出演
- 志垣太郎
左右の大きさ、高さが異なる“ふぞろいの靴”。
そして、この絵手紙には、筋ジストロフィーという難病を患った、ある青年の思いが詰まっています。彼はその病気で足の形が変わってしまい、中学生の時から靴が履けなくなりました。しかし、その靴と出会ったことで十数年ぶりに靴を履くことができたのだそうです。
“ふぞろいの靴”が起こした「奇跡」はそれだけではなかったのです。
これらの靴を作っているのは徳武産業。さぬき市にある従業員60名の会社です。
例えば、事故や病気で骨盤が歪み、足の長さが違ってしまった人には、左右の靴底の高さを変えることで、実際に履いた時に高さが合うように…。
また、リウマチや外反母趾などで左右の足の大きさが違ってしまった人には、左右でサイズを変えた靴を、ワンセットとして販売しているのです。
さらに、筋力が弱ったお年寄りが履きやすいように、履き口を広くしたり、前かがみになりがちなお年寄りでもつまづきにくいようにつま先部分を丸め、先端を少し上に上げるなどの工夫が施されています。
手間のかかる、ふぞろいの靴作り。しかし、担当する社員の皆さんの思いは、ちょっと違っていました。
「毎日何十足も作りますが、お客さんにとってはその1足だけなので、それを常に意識して。」
そこには、「早くたくさん作ればよい」といった考え方ではなく、履く人の気持ちを思う心がありました。
実は徳武産業は、かつてスリッパや手袋などを縫製する下請け会社でした。もちろん、靴作りに関するノウハウは全くありませんでした。それどころか、“ふぞろいの靴”を作り始めたころは、会社は倒産寸前の状態にあったのです…。
徳武産業は昭和32年の創業。先代社長の娘さんと結婚した時、十河(そごう)さんは地元の銀行マンでした。十河さんが社長になったのは若干37歳の時。
十河さんが社長になった当時、会社は経営不振に陥っていました。力の弱い零細企業をどう立て直すのか…途方に暮れていた時、意外な依頼が飛び込んできました。
「お年寄りが転ばないための靴を作ってほしい。」
依頼主は、十河さんの古くからの友人で、さぬき市で老人ホームの理事長を務める石川さん。
「歩けず困っている人を何とかしたい…。」
強い思いが十河社長に湧き上がりました。しかし、当時の徳武産業には、全く経験のない新事業に打って出る余裕はありません。社員たちに思いを打ち明けてみたものの、首を縦に振るものはいません。それでも、十河さんはお年寄りのための靴作りに着手。社員との間に亀裂が入り始めます。
「心配で心配でたまらないときに、新しい靴作りにトライしようとしている。反対でしたね。」
多くの社員が去っていきました。膨らみ続ける赤字を横目に、「お年寄りを思って作る靴は必ず受け入れられる」と信念を曲げない十河社長は、再び周囲の反対を押し切り、靴を作るための高額な機械の購入を決めてしまいます。
そこに思わぬ事態が…。平成7年1月、阪神淡路大震災。購入を決めていた機械が、神戸の会社で被災してしまったのです。
「もはや、これまでか…」十河社長が信念の旗を降ろしかけたとき、一本の電話が…。それは連絡が途絶えていた神戸の会社からでした。会社も機械も被災してしまったとあきらめていましたが、発注した機械だけは無事だったというのです。
十河社長夫人のヒロ子さん「被災した神戸で機械がダメにならなかったということは、お年寄りのための靴を作りなさいよと、神様から言われたというように思っています。」
困難を乗り越え、平成7年5月、ついに最初の製品が完成します。元気よく歩くお年寄りたちとともに歩むイメージから「あゆみシューズ」と名付けられました。
しかし、当初はなかなか販売に結び付きません。そこで十河社長は自ら全国の老人ホームなどを訪ね、実際にあゆみシューズを履いて実感してもらうことで、売り上げが少しずつ伸びはじめ、これまでに(平成25年1月現在)600万足以上を販売。シルバーマーケットでは大ヒット商品と呼ばれるようになりました。
いつしか、徳武産業には「あゆみシューズ」を履いたお年寄りから手紙が届くようになりました。これまでに届いたのは1万5千通にも上ります。
毎日のように全国から届く感謝の手紙。それは「あゆみシューズ」の性能についてのことばかりではないのです。秘密は靴作りが終わった後にありました。
全社員がペンをとるという「まごころはがき」。「あゆみシューズ」を届ける際に添えられる大切なメッセージです。
老人ホームなどで暮らすお年寄りは家族と離れ、寂しさを感じている人が多いのです。徳武産業では、社員一人ひとりが、お年寄りの子どもや孫になったつもりで「まごころはがき」を書いているといいます。
1万5000通もの「ありがとう」は、靴に対するものだけではなく、そんなちょっとした心遣いに対するものでもあったのです。
たくさんの「ありがとう」が届くようになって、ようやく社員たちも社長の考えを理解するようになったといいます。
「私のなかで、社会に貢献するとか、感謝されるというのは、会社とは別のものという考えがずっとあったが、それが一体化して見えてきた。単に利益を追求するのではなくて、やはり”意味あること“をやっていて“ありがとう”の声をたくさん聴くとすごいなと。」
「お客様からたくさんありがとうを頂戴して、それが原動力になっていると思います。」
お年寄りの声を聴くことで、作り上げた「あゆみシューズ」の成功から、十河社長は今、社員たちの声を聴くことの大切さにも気付いたといいます。十河社長は「これからも会社の利益を真っ先に優先せず、困った人を助ける、その喜びを分かち合うような会社経営を続けていきたい」と言います。
会社を大きくするのではなく、大切なのは人の心に届くサービス。その姿は、まさに「ちっちゃいけど誇りにしたい会社」。
今週の「それおも」スポット
徳武産業株式会社【あゆみシューズ】
香川県さぬき市大川町冨田西3007番地(本社)
電話:0879-43-2167(代表)
アクセス:JR高徳線 神前駅
東京都台東区浅草橋1丁目1番8号 丸正ビル5階(東京営業所)
電話:03-5835-5516(代表)