10月13日放送 (# 2)
日本における食肉の歴史! 日本人は、そもそもいろいろ動物の肉を食べていました。縄文時代の遺跡からも、狩に使った鏃や斧などの石器や、鹿、猪、などの動物の骨が沢山出てきています。ところが・・・
日本に仏教が伝来すると、仏教の教義による殺生戒めに基づき、675年、天武天皇が最初の食肉禁止令を発布しました。
「牛・馬・犬・猿・鶏の宍(にく)、食ふこと莫(なかれ)。以外は禁の例に在らず。若し犯すこと有らば罪(つみ)せむ」
と、この時禁止されたのは、牛・馬・犬・鶏の家畜と、猿の肉。しかし、なぜか当時最も食された鹿や猪は禁止されませんでした。その後、何度も食肉禁止令が出され、奈良時代以降は、キジや鴨以外の肉はほとんど食べられなくなってしまったのです。
しかし、なかには食べる人もいました。「紅葉」は「鹿肉」のこと。桜は「馬肉」、山鯨は「猪肉」。因みに、兎は一匹二匹と数えません。兎の肉を鳥肉だと言い張っていたので、一羽二羽と数えます。
しかも、庶民だけではなく、当の将軍家でも隠れて牛肉を食べていたといわれています。 彦根の井伊家から、将軍家はじめ親藩や重臣に寒中見舞として、牛肉の味噌漬・干し肉・粕漬肉が薬用の名目でしばしば送られていたそうです。
表向きには長い間禁止されていた、肉食ですが、明治時代になって肉食が解禁、わが国の長い肉食禁止の歴史に終止符が打たれました。牛肉は文明開化の旗頭として、そこかしこに牛肉を出す店ができました。
“肉じゃが”そう、お袋の味として人気の高い肉じゃがの生みの親が、あの日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った東郷元帥だったのです。東郷元帥が、イギリス留学時代に食べたビーフシチューの味が忘れられずに部下に「ビーフシチュー」を作れと命じたところ、料理長が悪戦苦闘の末作り出したのが「肉じゃが」だったそうです。 なんでも、ワインの代わりに醤油を入れたらできたのだとか・・・。
以後、「肉じゃが」は、洋食の代用食として、効果的に牛肉を摂取させることができる、画期的料理として海軍でおおいにもてはやされることになったそうです。
以上、肉に関する基本の基でした
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