History



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The History of たまねぎ
5月25日放送 (# 33)古くて新しい
 

紀元前3,000年頃の古代エジプトの壁画にたまねぎが描かれているくらい、たまねぎと人類の付き合いは相当古いんです。エジプトでは、ピラミッド建設に携わった人たちに対して、大根、ニンニクとともにたまねぎを支給されていたという記録もある。

紀元前三千年頃
 
 
もともとの原産地は中近東から中央アジアの辺りと推測されていますが、野生種は見つかっていないんだそうです。
そこから世界に向かって広まったんですが、大きく二つのルートがあります。
ひとつは北西インド辺りからルーマニアなどの北ヨーロッパ地方に渡っていった道。辛みや苦味の強いストロングたまねぎと言います。
もうひとつのルートは、南ヨーロッパのスペイン、フランス、イタリアなどの地中海地方へと広まった道。こちらのたまねぎは、辛みが弱く甘いマイルドたまねぎと言います。
これがたまねぎの2大派閥です。
では、たまねぎは東には伝播しなかったのでしょうか?
実は中国へは古くから伝えられたのですが当時「たまねぎ」より「ネギ」が主流だったことも理由のようです。
従って日本に伝わるのも遅れてしまいます。
初めてたまねぎが日本に来たのは、江戸時代のこと。1770年代に南蛮船により長崎に渡来しました。しかし日本でも「ネギ」の文化であった為、まったく広まらなかったようです。
日本でたまねぎの栽培が始まったのは明治になってから。
アメリカから1871年(明治4年)に札幌へ「札幌黄(さっぽろき)」という品種が、1885年(明治18年)に大阪に「泉州黄(せんしゅうき)」が入ってきました。
当初はラッキョウのおばけのようだといわれ、販売にも苦労したようです。
しかし、明治時代には関西でコレラが大流行し、たまねぎが効くと噂され、一気に広まっていったそうです。(ただの迷信でしたが…)
その後、大正初期にフランスから甘いタマネギが愛知県に「愛知白」という品種が入ってきました。
 
 

これら3種がその後の基本品種となっています。

明治初期の生肉の値段を比較すると・・・

 
 

2005年の世界の生産量を見てみると、中国が全体の33%を占めています。

ブロイラーとレイヤーの違い

 
たまねぎの種類は色で分けられます。
○ 「黄たまねぎ」
最も一般的なたまねぎ。北海道産の主なものは辛みが強く締りが良い。
加え貯蔵性に優れている。
○ 「白たまねぎ」
春先のわずかな期間に店先に並ぶ。水分が多く、辛みが少なく甘みが多い。
しかし貯蔵性はあまり良くない。
○ 「赤たまねぎ」
紫たまねぎとも呼ばれ、黄たまねぎより甘みがあり、水分が多く辛みや刺激臭が少ないのでサラダに向いている。
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