#04 2014年5月2日(金)放送 伝説の棋士 名人に香車を引いて勝った男 升田幸三

升田幸三
(写真協力:日本将棋連盟)

今回の列伝は伝説の天才棋士「升田幸三」。ライバル大山康晴との名勝負「高野山の決戦」の痛恨の一手。さらに名人との対局で香車1枚落として勝利した伝説。生涯「新手一生」を掲げ、将棋の新しい定石を作り出した風雲児はファンを熱狂させた。家出、戦争、伝説の対局・・波乱の人生に、勝負哲学を読み解く。

ゲスト

ゲスト 棋士
鈴木大介
ゲスト 作家
大崎善生
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81マスの盤上において知恵と技の限りをつくし40枚の駒をぶつけ合う。“知の格闘技”ともいわれる将棋の世界。そんな将棋が人々の一大娯楽としてブームに沸いていた昭和の時代、歴史に残る名対局を繰り広げ、日本中の人々を熱狂させた伝説の棋士・升田幸三。1956年、第五期王将戦七番勝負第四局。升田は史上最強の「名人」に対し、駒を1枚落とすというハンディを背負って挑み勝利した。現代のトップ棋士から見ても至難を超える偉業とされる途方もない傑作。そこに至るまでの道のりは、苦難と挑戦の連続だった。強敵相手に自分の将棋を貫き、一人将棋に命を捧げた男の知られざる人生に迫ります。

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(写真協力:日本将棋連盟)

決意の家出

広島の農家の四男として誕生した升田幸三。剣豪になることが夢、真剣勝負が大好きな少年だった。9歳の時、兄からスパルタ式で将棋を教え込まれ、その魅力にとりつかれていく。まもなく14歳になろうとしていた頃、母の反対を押し切って家出。ものさしに書き置きしていた言葉が「名人に香車を引いて勝つ」すなわち、日本一を超える将棋指しになるという、あまりに高い志だった。その決意の家出こそ升田伝説の始まりだった。

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ライバル登場

大阪の木見金治郎八段に弟子入りした升田は、背水の陣で将棋に向かい、めきめきと上達していく。19歳で五段の腕前。痛烈無比な一手を指す天才少年として全国に名が知られるようになっていく。その負けん気の強さは人一倍。自分の将棋を甘く見た弟弟子を、飛車・角の二枚落ちで負かし、大泣きさせてしまうほど。しかし、その弟弟子こそ、後に15世名人となる大山康晴だった。升田の勝負への厳しさは、終生のライバルをも生み出してしまった。

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新手一生

升田の将棋には、人々を熱狂させる独創的な棋風があった。そこには生涯にわたって新手を編み出し続けると誓った大きな志があった。それが「新手一生」。升田は定跡を疑い、新たな指し手の創造にこだわったのだ。スズメ刺し、駅馬車定跡、升田式石田流など、現代でも通用するすさまじい新手を創り続けた升田。25歳、七段になった頃、将棋界の巨人・木村義雄に新手で挑む機会がやってくる。しかし、結果は惨敗。新手は負けるリスクの高い、諸刃の剣でもあった。それにも関わらず升田は新手にこだわることをやめなかった。

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高野山の決戦

戦時中、最も激しい戦闘が行われていた南方戦線へと送り込まれた升田。奇跡的に生還を果たすも、内蔵を寄生虫に蝕まれ、戦後の升田に大きな苦しみを与えていた。1948年2月末、世に言う高野山の決戦が行われる。対するは升田に猛烈な勢いで迫っていた大山康晴だった。三番勝負の一局目は敗北、二局目は勝利。勝負を決める第三局で升田は、体力の限界と油断から劇的な敗北を喫してしまう。その後、大山は升田より先に名人となり、将棋界に君臨。升田は名人戦で大山に負け続け、1年間の休養を余儀なくされ、大きな挫折を味わった。

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(写真協力:日本将棋連盟)

名人に香車を引いて勝った伝説の大一番

休養中、打倒大山の一念を燃やした升田は、翌年、大山名人相手に王将のタイトルをかけた大一番に挑んだ。当時には現在のルールにはない厳しい制度があり、3勝差を付ければタイトル確定し、その次の対局では勝者は香車を落として戦う。圧倒的な強さを世間に周知することができた。一方負ければ、耐えがたい屈辱を味わうことになる。升田はこの日のために研究していた新手で第一局をものにし、第二局では途中体調悪化で倒れながらも執念で勝利をもぎとり、第三局まで3連勝。怒濤の復活を成し遂げた。そして翌年1月、第五期王将戦七番勝負第四局、ついに名人に香車を引いて戦うことになった。升田は高野山での屈辱を闘志とすり替え、深く手を読むエネルギーに変えるよう心がけた。そして79分の長考から放った一手が、勝利を確定した。将棋史400年唯一の大記録を達成した瞬間だった。

六平のひとり言

升田は天才棋士と言われているけど、
実は、すごく努力の人なんじゃないかなぁ。
努力がなければ、「新手」なんか、考えられるはずもないし、
「新手一生」の陰には、相当な苦難の時間があったはず。
終生のライバル、大山名人の方が、もしかしたら天才肌だったんじゃないかと・・・。

佐藤渚の感動列伝

正直、将棋の世界には疎く、升田幸三の名すら知らなかった私に、今回将棋の面白さを垣間見せてくれた人物です。彼は新たな一手を生み出すことを棋士として生涯の信条とし、最善の一手とされる定跡で勝つことよりも大切だと考えていました。それは、家を飛び出す時に「名人に香車を引いて勝つ」と書き置きしたように、敢えて難しいことを掲げて挑もうとする子ども時代から初志貫徹して変わらないのですね。その真っ直ぐさがかっこいいです。