飛鳥時代、聖徳太子の命を受けて百済から3人の工匠が招かれました。その内の一人、金剛重光を祖先とする世界最古の企業が社寺建築の金剛組です。四天王寺の建立から始まり、1430年に及ぶ歴史。その中で一度として途絶えることなく受け継がれてきたのは宮大工の高い技術力です。
「大工は木の性質を知れ」棟梁の加藤博文さんが声を上げます。木と会話し、癖を見極めた上で適材適所に使えということです。また宮大工は普通の大工と違い、釘などの金物を使わない「継手」「仕口加工」と呼ばれる技法で社寺の建築を行っています。木と木がしっかり繋がり合って力を伝える技術はまさに先人の知恵。200年、300年の風雪に耐える建物はこうして作られていたのです。現在建築中の飯沼観音五重塔では鳥が羽ばたくように反った屋根、「軒反り」や扇のように広がる垂木など宮大工のこだわりが随所に見られました。「見えないところにこだわれ」「木をはじめとする素材にこだわれ」「手を抜くな」これが宮大工の心だと小川社長は語ります。
そんな金剛組は2005年秋、経営危機に陥りました。マンションやオフィスビルの建設などに手を広げた結果、負債が増大、存続が危ぶまれたのです。しかし、金剛組を潰してはならないと高松建設が支援に乗り出します。このとき、高松建設から金剛組に派遣されたのが小川社長。老舗企業の再建が本格的に始まりました。小川社長が掲げた経営改革のポイントは「本業回帰」「ガラス張りの経営」「営業強化」「宮大工の会社化」。原点に帰って社寺建築に特化。棟梁一人一人を社長とする会社を設立させ、経営感覚とコスト意識を植え付けました。また飛び込み営業を開始するなど変革のときを迎えています。
そんな金剛組のもう一つの課題、それは「匠の技の伝承」です。宮大工は、一人前になるまでに10年〜15年はかかると言われています。さらに「見て習え」という厳しい世界。若手達は日々の修行を通じて宮大工に必要な技術と精神を学んでいます。
「目指すは社寺建築初の株式上場」小川社長が語る夢と共に"新生"金剛組は新たな歴史を歩み出しています。