昨年2月、インクスは総工費50億円をかけて、24時間無人の金型工場「零工場」を作りました。「零工場」では携帯電話の金型部品を製造していますが、新製品が次々と市場に投入されるだけ製品だけに、零工場で作られる金型も毎月150機種を数えます。その零工場では部品の搬送も加工も全てロボットが行います。職人の手作業が一切ないため金型製造のスピードを一気に上げることに成功しました。かつて携帯電話の金型製造には45日ほどかかっていましたが、零工場の稼動によって45時間まで短縮、従来の24分の1にまでスピードアップしたのです。携帯電話のような新製品の発売サイクルが短い製品では、金型製造のスピードアップは切実な問題なのです。
一見ハイテクな零工場ですが、実は零工場を支えているのは匠の技です。その仕組みはと言うと…まず、本社の設計部が3次元CADを使って金型を設計。そのデータはインクスの司令塔である「ファラオ」に送られます。古代エジプト王の名を冠した「ファラオ」とは、600台のコンピューターをつなぎ合わせたデータセンターのことで、零工場を含めた4つの金型工場を管理しています。そのファラオは、設計データを受け取ると、どのような作業が必要かを判断して各工場へと指示します。零工場の工作機械は、このファラオの下で動いているのです。
そして、このシステムの最大のポイントは、ファラオから出される指示が匠の技を再現するモノであること。というのも、インクスでは金型職人に携帯の金型を作ってもらい、2年半かけてその技を徹底的に分析。そして匠の技を1000の工程に細分化して、それをコンピュータデータに置き換えていったのです。ファラオはそのデータに基づいた指示を各工場の工作機械へと送っているのです。ファラオの命令で動く工作機械は熟練工とかわりがないというのです。
こうして作業の工程を分析し、IT技術を使って製造工程の短縮を図る手法を「プロセステクノロジー」と言います。インクスは金型製造でその名が知られるようになりましたが、独自の技術「プロセステクノロジー」はソフトウェアの開発や自動車部品、ビル建設でも成果を上げていて、今後、更に応用分野を拡大しようと考えています。 また、ものづくりの最前線を走るインクスを支えるのは若く優秀な社員達です。驚くことに平均年齢は27歳!今年入社した47名中33名は大学院を卒業しています。この人材がインクスで何を作り、日本の製造業にどのような革新をもたらすのか…彼らの肩に期待がかかります。
以前、グローバルナビにご出演いただいたミズノの水野会長もおっしゃっていました。一流プロスポーツ選手が使う用具を作るには匠の力が不可欠であると。しかし、その匠がいなくなりつつあり、何とかその技術を継承しようと彼らの仕事を数値化し、機械でも出来るように準備しているそうです。
そう考えるのはミズノだけでありませんでした。製造業の様々な現場で、商品サイクルがドンドン早くなり、熟練工にはスピードまで求められるようになってきて、そうした意味でも匠の技のデータ化、機械による自動化へのニーズは高まっていたのです。だからこそ、インクスのような企業が脚光を浴び成長しているのでしょう。
びっくりしたのは、インクスに入社してくる人たちの能力の高さ。大企業を蹴って入ってくる若者が後を絶たないそうです。インクスのプロセステクノロジーは若者をも惹き付けているのです。
山田社長のお話の中で驚いたのは、金型制作の熟練工の技を分析すると、そこには1000もの工程があるということ。「これは長年の勘だからな」という技にはそれだけのものが詰まっているのです。その分析力やそれを再現する技術も凄いけれども、それだけの技を築くことができる人間はもっと凄いと感心しました。
そこで、気になることが一つあります。インクスのプロセステクノロジーは、あくまでも人間の匠の技が根幹にあって成立するものということでしたが、インクスのシステムを導入した金型工場の熟練工がこんな感想を話していました。「自分たちが積み上げてきたのはなんだったんだろう」と。匠のやる気がなくなってしまったり、匠になりたいと思う人が減ってしまっては困ります。若者が匠の世界に触れて「これ面白い!」と思うきっかけもなくなってしまうかも?ですから、匠の人たちのモチベーションが高まるようにうまく活用して欲しいと思っています。
何もかもがデジタル化しつつある今、匠の技のようなアナログな世界との上手な融合ができれば、日本はもっと魅力的な国になるのではと思います。匠でもない私が言うのもおこがましいのですが。