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2003年8月17日(日) テーマは
『生命科学スペシャル』

今週のドクター
今週のドクターは、
東京大学 教養学部長
浅島 誠先生



【略歴】

’67

東京教育大学理学部卒業

’72 東京大学理学系大学院博士課程修了
理学博士取得後、直ちにベルリン自由大学分子生物学研究所研究員となる
帰国後、横浜市立大学助教授、教授を経て
現在 東京大学大学院 総合文化研究科長 教養学部長

【著書】
「発生のしくみがみえてきた」 岩波書店
「分子発生生物学」 裳華房
など他多数


生命科学スペシャル

データ私たち人間の体。それはおよそ60兆個もの細胞から出来ています。しかし、そのはじまりはたった一つの細胞です。父親の精子と母親の卵子が結合すると、そこに新たな命が誕生します。この命、一つの細胞が時間をかけて骨、筋肉、皮膚、そして内臓を作って調和の取れた私達の体ができるのです。しかし、どのようにして、たった1つの細胞から多種多様な臓器が作られてゆくのか。臓器を作り上げる脅威の物質。生命のメカニズムは誕生に続き、体を作り出すという点に関しても、信じがたい神秘をミクロの世界に秘めていたのです。その脅威の物質の働きを発見したのは小さな研究室で苦闘した一人の日本人学データ。彼はアメリカ、イギリス、世界の大国が国を挙げて取り組んだ研究にたった一人で、孤独な戦いを挑み、見事な成果を挙げて世界を驚かせました。一つの細胞が誕生して、そこから私たち一人一人の体へと変化してゆく。数十億年繰り返されてきた生命の神秘は、今また新たな医療の道へと我々を導こうとしています。たった一つの細胞が数え切れぬ分裂を繰り返し、およそ60兆個にも増えて生き物の体を形作ってゆく神秘。蛙、イモリといった両生類の誕生を借りて、生物界の驚くべきデータ器官形成のメカニズムをご紹介しましょう。生物の卵子と精子は、結合して新たな生命となると、極めて短い間に卵割と呼ばれる特殊な分裂を繰り返して、細胞の数を増やしてゆきます。そして胞胚と呼ばれる状態となり、臓器などの器官形成はここからいよいよ始まります。続いて胞胚が原腸胚へと変わデータり最初の変化がが現れます。原腸胚に口のような部分、原口背唇ができます。実はこの原口背唇部こそが生物の体を作る上で重要な働きをします。その重要な働きとは原腸胚の表面が原口背唇を中心して内側に向かって、入り込んでゆくという不思議な動きなのです。原口背唇が胞胚の中に入ると何が起きるのでしょうデータ。原口背唇によって原腸胚は外肺葉、中肺葉、内肺葉と分かれます。この三つの肺葉が後に体の各部分に分かれてゆくのです。やがて中肺葉の周囲に作られた脊索を中心として、上の外肺葉には脊髄、神経、頭部、脳。下の内肺葉には筋肉や内臓が生まれ、生物の体の基本が出来上がります。この状態をと呼びます。胚ではまだ、外部データから栄養を摂ることは出来ませんが、胚は生物の各器官が作られてゆく大まかな流れの初めの形なのです。この時、細胞の動きが大きく変わる卵の上半分、動物半球が生物の体づくりでは重要なのです。さて今から75年ほど前まで、卵や精子では、ここが神経、ここが内臓と、各器官になる場所は予め決まっていると考えられていました。この学説を前成説といいます。データしかし、この前成説に対して真っ向から異論を唱える生物学者が現れました。それがドイツのシュペーマンです。シュペーマンは前成説を覆す実験を試みました。彼は両生類のイモリを使い、その受精卵の一部を取り出して、ほかの胞胚に移植しました。こうすることで、胞胚の部分が前成説の唱えている通り、体の決められた器官に変化するかを確かめようとしたのです。イモリの胞胚から神経になるとされていた部分を取り出し、別の胞胚の表皮になるとされていた部分と交換移植しました。前成説の通りなら、どちらもそのまま神経と表皮に変化する筈でしたデータところが、本来表皮になる筈の部分は新しく移植された胚の中で神経に変化。もう一方もなる筈の神経ではなく表皮となり、普通の胚になったのです。この実験結果からシュペーマンは確信します。細胞の運命は最初から決められてはいない。何かのキッカケで細胞が変化するのだ。しかし、胞胚の細胞を神経や内臓、筋肉など、全く違う体の器官に変えるキッカケとは一体何なのでしょうか。シュペーマンはパートナーのプレショルドと、そのキッカケを発見すべく、共に新たな実験に乗り出してゆきます。二人は胞胚の次の段階である原腸胚の様々な部分を他の原腸胚に移植する実験を繰り返します。そのうち、原口背唇を他の原腸胚に移植した時、データ意外な反応が現れました。この時、移植された原腸胚は二つの原口背唇を持つ事になりますね。何とこの胞胚から成長した胚には頭が二つ!つまり、この原腸胚は別の原腸胚から埋め込まれた原口背唇を使って、もう一つの体を作ろうという反応を起こしていたのです。シュペーマンは原口背唇こそ、生物の器官形成を司っていると確信。オーガナイザーと名付けます。しかし、その確信とは裏腹に原口背唇がどういうメカニズムで様々な体の器官に変化するのか?という点に関して、二人の実験が明確な答えとなった訳ではありませんでした。原口背唇自体に器官を作り出す能力があるのか、それとも原口背唇は素材で原腸胚の中に細胞を器官へと導く誘導物質があるのではないか。世界の科学者が謎に挑みますが、解明される事はありませんでした。その謎は永遠に解けないものかと思われました。シュペーマンの実験から75年後、一人の科学者が日本に現れるまで。


RESEACH
データ生物の体はどのようにして作られるのか。その鍵を握る誘導物質、オーガナイザーを発見する事が生物学の未来を変える。20世紀前半から、多くの研究者がこの謎に挑み、そして敗れてゆきました。若き日の浅島先生もチャレンジャーの一人でした。オーガナイザーの存在が提唱されてから50年後の1972年、昭和47年。大学院を卒業した浅島先生は、当時、ドイツ・ベルリン自由大学で世界で唯一オーガナイザーによる器官形成を研究していたティーデマン教授の研究室に入ります。ティーデマン研究室には豊富な機材、整った環境がありました。それを目指して世界から集まる科学者との交流は、当時新進気鋭の研究者だった浅島先生に多くの知識と幸福な時間をもたらしてくれました。2年後の1974年、昭和49年。浅島先生は帰国すると、横浜市立大学に助教授として赴任。発生生物学の研究者として、データ新たな生活をスタートさせます。しかし、研究環境は一変しました。年間予算はわずか30万円。設備も貧弱だったのです。設備がなければ自分で作るしかないと、研究環境の骨組み作りから始まります。しかし、環境のハンデにめげない創意工夫が研究室の活気へとつながり、帰国2年後には研究環境がやっと整いました。とはいえ、胞胚に働きかけ、筋肉や内臓などに変える誘導物を探る。その研究は気の遠くなるような実験の連続。これは誘導物質ではないかと考えられる材料を特定すると、まずはその材料から自分で精製。精製が仕上がった所で実際に誘導が起こるかどうかを調べる生理活性実験を行う。毎日がこの繰り返しです。大きな研究所なら精製と活性実験は分担作業。でもここでは全てを限られた人数で行わなければなりません。しかも生活サイクルは胞胚の変化任せ。何十何百という物質に関して、誘導物質かどうかの確認を続けましたが、残念ながら、良い結果は一向に出てきませんでした。研究を見限り、別テーマに転向する研究者続出。「誘導物質の特定は不可能だ」とする、当時の世界的風潮に科学者としてのプライドが挫けそうになる。「浅島は生物学会の本流から外れた」という声さえ聞こえてくる中誘導物質を突き止めなければ発生生物学は一歩も先へは進めなくなる。その思いだけが、浅島先生を支え、変わることない実験の日々へと駆り立てていました。当時浅島先生が行っていたのは、アニマルキャップアッセイ法と呼ばれる実験でした。データアニマルキャップとは胞胚の上にある、未分化細胞の固まりの事。胞胚から胚へと細胞が移行した際には、体の様々な器官に大きく変化する部分。いわば様々な器官を作り出す材料になる部分。具体的いうと、まずアニマルキャップを元の胞胚から切り取ります。次に、そのアニマルキャップを誘導物質ではないかと予想される物質に浸して反応を見る、という実験です。データ実験を繰り返すうち、浅島先生はある反応に出会いました。アニマルキャップをある物質に浸してみた所、そこから筋肉と脊索が導かれて生まれたのです。長年捜し求めていた誘導物質に巡り合ったのかもしれない。そう胸をときめかせていた浅島先生の耳に意外な知らせが。1987年、イギリスの研究グループが誘導物質を発見したというのです。彼らは動物の成長因子の一つbFGFが誘導物質であると発表しました。大きなショックを受けながら、浅島先生は疑問を感じていました。データbGFGの実験では血球は出来ても、体の器官を形作る際に肝腎な脊索や筋肉は作られていません。「これは私の探している誘導物質ではない」。浅島先生が特に注目したのは脊索でした。原口背唇が胞胚の中に入り込んだ後、誘導物質の働きで、まず脊索が作られます。脊索を中心に各器官は完成する。ならば脊索が作れなくては誘導物質とは呼べません。しかしノンビリとはしていられませんでした。この時期になると発見の可能性を感じて、イギリスやアメリカが国家的プロジェクトとして誘導物質分析に乗り出してきたのです。大国が莫大な予算で取り掛かれば、これまでの苦労は吹き飛んでしまう。焦りを感じながらも、研究は続けられました。そして、研究開始から15年、ついに浅島先生は誘導物質の正体を世界で最初につかんだのですデータ試験管の下の方でキラキラ光るもの。それが生き物の未分化細胞に働きかけ、神経や筋肉など、様々な器官へと誘導してゆく物質、アクチビンです。卵割直後から胞胚の中に存在する物質でした。未分化細胞の固まりであるアニマルキャップにアクチビンを加えると、脊索、筋肉など様々な器官が発生しました。この大発見を生んだもの。それは決して国家的プロジェクト等ではなく、あきらめずに挑みつづけた一人の研究者の熱意だったのです
アクチビン
浅島先生がつきとめたアクチビンの働きとはなんなのでしょう?胞胚のアニマルキャップを取り出し、アクチビンを作用させると、体のあらゆる器官を作り出す事が出来ます。アニマルキャップとは未分化細胞の固まり。胞胚が胚へ移行する際、最も多種多様な変化をみせ、体の各器官を作り出す材料となります。今や生理塩類溶液にアニマルキャップを入れアクチビンを投入すれば、試験管の中でも様々な器官を発生させる事が可能です。でも脊索や筋肉といった器官の違いは何が決めていたのでしょう。それは何と、
データ
データ
データ
データ
データ
アクチビンの濃度だったのです。たとえば、1cc溶液内のアニマルキャップに0.3〜1ナノグラムのアクチビンを投入すると赤血球、白血球、リンパ球等が発生します。5〜10ナノグラムのアクチビンを投入すれば、今度は筋肉が発生します。そして、50〜100ナノグラムのアクチビンを投入すると、器官形成のうえで非常に重要な器官である脊索の細胞が発生してくるのです。また100ナノグラムのアクチビンを投入すると、何と拍動する心臓が発生してきました。試験管の中で生まれた心臓と馬鹿にしてはいけません。この心臓は実に一ヶ月に渡って動き続けたのです。しかも、驚いたことに、その間、栄養は全く与えられていなかったのです。更に、この心臓が試験管の外でも機能するかどうか、胚に移植してみたところ、何の障害もなく、正常に機能したのです。正に生命の神秘!感覚器官の発生ではアクチビンはどのように働くのでしょう。
データちょっと特殊な変化を見せるのが感覚器官です。アニマルキャップにアクチビンを投入して脊索を作り出します。この作り出した脊索を今度は別のアニマルキャップで両側から挟み込みます。この状態で再びアクチビンを投入します。すると脊索の状態から表皮と眼胞、間脳ができ、更に水晶体と眼胚へと変化します。こうした誘導を繰り返し角膜・網膜・視神経が発生。こうして視覚器官は整っていくわけです。また、最近は器官を発生させるだけでなく、アクチビンを使って作られた細胞そのものに関する最新研究も始まっています。データ例えば、これは各器官の遺伝子情報・DNAを研究している所。DNAを研究する事から、何故アクチビンが作用するのか、各細胞にどう作用しているのかが突き止められるのではないかと、考えられているのです。アクチビンの発見と解明。それはあくまでも生命科学の入り口。アクチビン研究の先には、我々の生命の神秘に関する長い道のりがまだありそうです。
アクチビン
データ浅島先生によるアクチビンの働きの発見は、その影響は発生生物学だけでなく、ほかの科学ジャンルからも大きな注目を集めています。その一つが医学界。その中でも、将来的に大きな期待と関心が寄せられているのは、再生医療の分野です。例えば、重度の糖尿病で膵臓からインスリンが分泌されない患者さんの場合。その人の細胞を媒体にして、新たに膵臓を作り出して治療するという考え方も出てきます。つまり、取り出した細胞にアクチビンなどの分化誘導因子を作用させ、体外で新たに健康な膵臓を作って成長させ、それを患者さんの体に移植すれば完治も見込めるという訳です。また、事故や病気で眼球や網膜を傷つけ、失明した患者さんの場合も、その人の細胞にアクチビンなどの分化誘導因子を作用させて、新たな視覚器官を作り、データそれを移植して視力を回復する、という治療法が将来的に登場するかもしれません。自分の細胞から作った器官ならば、拒否反応を起こしにくい利点も考えられ、まだ長い研究が必要とはいえ、新しい学問の流れが生まれたのです。

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