今週のドクターは、 東京厚生年金病院耳鼻咽喉科部長 石井 正則先生
【略歴】
東京慈恵会医科大学卒
東京厚生年金病院耳鼻咽喉科部長
【ドクターの一言】 私の医者としてのモットーは「医学はサイエンスによって支えられたアートである」です。これは慈恵医大の学長だった阿部正和先生のお言葉です。アートとは「医の心」をもった技量を意味します。 【著書】
「耳鳴り・めまいを治す本」
大型バスに乗用車、船、電車、飛行機、更には・・・ジェットコースターに至るまで「乗り物酔い」を起こす物はたくさんあります。誰もが一度は経験しているあの気持ち悪さ・・・。乗り物酔いはどのようにして起こるのでしょうか?生唾が出て、ちょっとむかむかする。始まりは、唾液の分泌と胃の違和感です。それが、だんだん吐き気に変わっていきます。こうなったらつらい!がまんしていても、顔面は蒼白になり、冷や汗、だるさが容赦なく全身を襲います。ついには、吐いてしまうことも。ただし・・・一度嘔吐したり、乗り物から降りてしまうとうそのようにすっきり回復することが多いもの。こうした「乗り物酔い」は医学的には動揺病、加速度病と呼ばれています。ところで、乗り物酔いは、子どもに多いと思っている人はいませんか?こちらのグラフをご覧下さい確かに幼児期から増えはじめる乗り物酔いは10代半ばでピークを迎え、その後減少していきます。しかし、40代で再び増加に転じるのです。実際に、乗り物酔いで悩んでいる中高年のかたはとても多いのですその発症の鍵を握っているのは、人間の平衡感覚機能です。耳の中にある三半規管は平衡感覚を司っています。自分の体の傾きやゆれを感じ取り姿勢を保つために働いている感覚です。転びそうになった時にバランスをとって転ばずにすむのも、三半規管がしっかり働いてくれるから。この三半規管には、リンパ液という液体が満たされています。このリンパ液の中にクプラと呼ばれる膜があります。体がとまっているときは、リンパ液も動かず、クプラも動きません。体が回転運動を始めるとこのクプラがリンパ液によって動き、その動きを脳に伝えるのです。動きが止まると、止まったことも脳に伝わります。クプラは三半規管にある三つの輪の中にあり、前後、左右、水平方向の回転を感知するようになっています。次に内耳にニ個ある耳石器に注目しましょう。耳石器というのは、体にかかる加速度や重力を感知する器官です。たとえばこの方向に体が進むと耳石器の表面の感覚毛がたなびいてその加速度を脳に伝えます。そんな三半規管や耳石器の働きに加え、目から得た視覚情報をもとにして私達はからだの姿勢を保つことができるのです。実は、乗り物酔いが起こるまでには3つの段階があります。その第一段階が、三半規管や耳石器の感覚の「ズレ」なのです。乗り物に乗ると上下左右などの様々な揺れが不規則に体を襲います。これによってバランスをつかさどっている三半規管のクプラが過剰に刺激されます。つまり一種のオーバーヒートを起こすのです。更に、視覚から入ってくる景色は絶えず動いていますが、体は静止しています。この時、耳石器はかすかな動きを感知するのみ。目の感覚と、耳の三半規管や耳石器が受ける感覚には「ズレ」が生じてしまいます。内耳と視覚の感覚の「ズレ」と、クプラのオーバーヒート。これが乗り物酔いの第一段階です。この三半規管などの混乱が、脳の大脳辺縁系に伝わる。これが第2段階です。この時に動くのが・・・脳の中の扁桃体。扁桃体、人間の感情を司る器官。とくに好き嫌いや、快、不快を判断するところです。第二段階で重要なのが、私達の経験です。過去に酔ってしまった記憶があるとこれを思い出して、不快と判断してしまうのです。また、船に乗った事がなかったとしたら、はじめての経験での不安や緊張によって扁桃体は不快と判断してしまいます。もし、乗り物に慣れている、という経験が優先されれば扁桃体は不快とは判断しないはずです。この判断には、煙草や、重油の匂いなど環境も深く関わってきます。さて、扁桃体が乗り物による三半規管などの混乱を不快と判断してしまうと第三段階へと進みます。それが自律神経の混乱です。扁桃体が不快と判断すると、脳がストレスを感じます。ストレスにより今度は交感神経や副交感神経が刺激されます。するとバランスが崩れ様々な症状が現われるのです。たとえば、冷や汗が出たり、血圧が上がったり、また下がることもあったりと不安定になります。生唾が出て、口が渇き、吐き気をもよおします。これらはすべて自律神経の乱れが原因。つまり乗り物酔いの正体は、突発的に起こる自律神経失調症なのです。乗り物酔いを防ぐには、この3つの段階をどこかでくいとめることです。ただし、なにかほかの病気があって、乗り物酔いを起こす場合もあるので注意が必要です。代表的なのは、激しいめまいを伴う三半規管の病気、メニエール病。しかも最近ではある意外な病気から、乗り物酔いが現われることがわかってきました。それは「うつ病」。中高年の方でそれまで平気だった電車に急に酔ってしまうようになった時は気を付けてください。脳の神経細胞の働きがうまくいかなくなってしまううつ病は、自律神経が乱れるので乗り物酔いを起こしやすくなるのです。たかが乗り物酔い。降りれば治ると甘く見ては行けません。そこには、思わぬ病気が隠れているかもしれないのです。
問診・・・乗り物酔いの程度を明らかにする 視野刺激装置で人工的に乗り物酔いを起こす
プロメタジンを乗り物に乗る30分〜1時間前に服用
前方回転、後方回転を繰り返す (目標10回) ブランコに乗り前後左右の刺激を与える(目標50往復)
空腹や睡眠不足のまま乗り物に乗らない 乗り物の中で読書をしない 座席は進行方向の向きの座席に座るなど
薬はいつ飲んでいますか? 山田さん「30分〜1時間前に飲んでいます」 さすが、大正解! 乗り物酔いの薬は、乗り物に乗る30分〜1時間前に飲むのが効果的です。中には、酔ってよってしまった時に飲むと、症状を軽くしてくれるものもあります。薬局で相談して使ってください。薬にはドリンクタイプのものや、錠剤を水と一緒に飲むもの、そして、口のなかで少しずつとかすタイプなど、種類もいろいろ。使いやすいものを選んで下さい。 続いて回数を聞いてみましょう。 坂本さん「乗る直前と気持ち悪くなったときの2回」 こちらは、三角。乗り物酔いの薬は1日1〜2回が原則ですが、各薬によって変わってきます。ほとんどの薬は、一回飲んだら、次までに5,6時間あける事になっています。注意はちゃんと守りましょう。また、ほとんどの薬は、ストレスで興奮した脳の働きを抑える成分が含まれています。その沈静作用によって、眠気などの副作用を起こすことがありますので、乗り物酔いの薬を飲んだあとは車の運転などは控えてください。同じ酔い止めでも、こどもが大人用のものを使うと、副作用が強くなってしまいます。大人用とこども用、ちゃんと使い分けましょう。 坂本さん「揺れに慣れてきました。体調の悪いときは、冷たい風にあたったり、冷たいものを飲んだりしています」 山田さん「すっかり慣れたので酔うことがなくなりました」 なるほど。乗り物酔いを克服したということは、それだけ、プロになった、ということですね。バスガイドさんに憧れて、夢をかなえた彼女たち。酔い止めの薬を飲んで、と安心感を得られたことも克服の大きな要素だったに違いありません。乗り物酔いは、心理的な面がとても大きく作用します。「薬を飲んだから大丈夫」と思えば乗り物酔いになりにくいのです。 例えば子どもに、あなたは酔いやすいんだからといって薬 を飲ませても効果半減。それよりもこれで大丈夫という安心感が乗り物酔い克服に大きく影響するのです。