私たちが生きていくために、欠かせないのが、呼吸です。別に激しい運動をしたわけでもないのに、突然の息苦しさから、息づかいが荒くなりいくら呼吸をしても苦しい。息苦しさと同時に動悸も激しくなり、ついには気を失ってしまう!こんな症状が発作的に起こる病気があるのです。それが「過換気症候群」です。過換気症候群の典型的な症例をあげてみましょう。A子さんは、静岡から上京し、現在、都内の大学に通う、19歳の女子大生です。そんなA子さんですが、ある日電車で通学中に、突然、発作が起きたのです。急に息苦しくなり、いくら息を吸っても苦しい!心臓はバクバクするし、めまいが起き、手足が突っ張る!もしかしたら、このまま死んでしまうのではないか?こんな状態が10数分続いた後、最後にはとうとう気を失ってしまったのです。これが、過換気症候群の症状です。そもそも呼吸とは、吸い込んだ空気を気道から肺に送り、肺胞で血液中の二酸化炭素と酸素の交換をしているのです。この呼吸では、酸素を取り入れる事が重要と考えがちですが、実は呼吸をコントロールしているのは、血液中の二酸化炭素の量なのです。血液中の二酸化炭素が増えると、脳の呼吸中枢のセンサーが刺激され、呼吸回数を多くすることで、酸素を取り入れる回数を増やします。そして血液中の二酸化炭素が少なくなれば、呼吸数は自然に元に戻る仕組みになっているのです。例えば私たちがマラソンなど激しい運動をすると、呼吸は荒くなります。これは、筋肉などの細胞が酸素を消費し、血液中の酸素も減って、二酸化炭素の量が増えるためです。そして、呼吸中枢から呼吸を速くしろという命令が出され、呼吸数を増やし、酸素と二酸化炭素の交換を速くしているのです。ところが、A子さんのように、過換気症候群の場合は、発作により正常な呼吸の回数を、遙かに超えた呼吸をしてしまいます。もちろん体内では酸素を消費していないのですから、必要のない酸素がどんどん入り、逆に二酸化炭素は減ってしまいます。この時、体の中では大きな変化が、起こってしまうのです。それは血液がアルカリ性になってしまうこと。人間の血液は通常、pH7.35〜7.45の弱アルカリ性です。これは酸素と二酸化炭素の割合が、バランスよく保たれているためです。このpHは低すぎても高すぎても、ほんの少しの上下で体調は急変し、神経障害や意識障害、また循環障害があらわれてしまうのです。過換気症候群では、血液中の酸素が増え、逆に二酸化炭素が極端に減ることにより、pHが上昇し、血液がアルカリ性に傾きます。すると、神経・筋肉が興奮状態となり、脳血管を収縮させて血流が減ります。そのため、ついには気を失ってしまうのです。過換気症候群には、性別と年齢、生活環境、そして性格が大きく関わっていたのです。A子さんの場合、19歳の女性だということが、まずひとつの要因でした。20歳前後の年齢の女性は、感受性が強い人が多いのです。精神コントロールは、まだ下手で、不安定です。そのため受けたストレスを自分で解消できない場合が多いのです。過換気症候群は、ストレスが引き金となって起こる病気だったのです。生活環境の変化によるストレスはA子さんにかかり続けていました。しかも、A子さんは、親の期待に無理をしても応えようとする頑張り屋さん。この性格もストレスを溜めてしまう元になったのです。A子さんには、これらのストレスが重なり、ある日突然、過換気症候群という形であらわれたのです。呼吸には意識的に行う呼吸と、睡眠中の呼吸など、無意識に行っている呼吸があります。この呼吸を全てコントロールしているのは、自律神経です。ストレスは、この自律神経のバランスを崩してしまうのです。このことにより、脳の呼吸中枢が暴走し、A子さんは発作を起こしたのでした。発作が起きた時A子さんは、混乱状態になり、「もしかしたらこのまま死んでしまうのではないか」と、パニックに陥りました。だからといって過換気症候群では、決して死に至ることはありません。発作が治まれば、ケロリと元に戻るのが特徴です。しかし、精神的なものが原因で起こる過換気症候群には、別の恐ろしさもあるのです。課長職の男性Bさんの場合は、ストレスから過換気症候群になり、さらに酷い精神的疾患に罹りました。Bさんは、決断力があり、大勢の部下達をまとめ、社内でも頼りになると評判の高い、課長でした。しかし日頃のストレスと交渉中の商談が決裂したことも重なり、会議中に過換気症候群の発作を起こしたのです。そしてその後、発作をたびたび起こすようになってしまいました。日に日に不安が募るBさん。「もし、誰にも助けてもらえない状態で発作が起こったら?」そう、考えてしまうようになったのです。そのため長い間、車内に閉じ込められる急行に乗れなくなり、乗るのは各駅停車のみ。家庭ではいつも奥さんがそばにいないと不安でたまらなくなりました。こんな状態の自分をBさんは情けなく思い、悩みやストレスは増しに増し、ついに鬱病になってしまったのです。過換気症候群から、鬱病へと進行するケースは決して珍しくありません。この悪循環こそ、精神的なものが原因で起こる過換気症候群の特徴でもあるのです。
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