胃潰瘍治療の歴史


紀元前2600年頃。今から4600年も前の古代ギリシャにも現在の胃潰瘍を自覚する人々が存在しました。
その原因は・・・今でいうストレスと考えられ、胃の調子を悪くしないように旅行に出かける、海を見るといった具体的な胃潰瘍予防の方法が薦められていたといいます。

その頃使われていた胃潰瘍を治療する薬は・・・
なんと“貝殻”!
貝殻に含まれる炭酸カルシウムが胃酸を中和する働きをすることから、胃潰瘍に効果があったようです。
世界文明の発祥地、古代ギリシャの胃潰瘍治療薬・・・ちゃんと理にかなっているのはさすがですね。

時は移り、18世紀のフランスではとても変わった方法で胃潰瘍の治療が行われていました。
当時の王侯貴族は、1日に何度も食事をしたり、好んで珍しいものを食べることから、胃潰瘍を患う確率も高かったといいます。
その、治療法として用いられたのが・・・“ヒル”!
人の生き血を吸うヒルは、当時あらゆる病気の治療に使われており、胃潰瘍に効果があるとして治療に使われたのです。
そのためにフランスでは、ヒルの採取が盛んに行われたり、政府がなんと4万匹ものヒルを緊急輸入したという記録さえ残っています。
その証となる品が残されているのが、ルーブル美術館。
18世紀の王侯貴族がヒルを蓄えていた「ヒル壷」が保存されているのです。
しかし残念ながら、ヒルによる胃潰瘍の治療は、あまり効果がなかったようで定着はしませんでした。

胃潰瘍の原因は?


「胃」には、なぜ潰瘍ができるのでしょうか?

東京都立墨東病院 副院長・榊信廣先生

榊先生:「ストレスが強かったり、すごく神経質な人は、胃に食物が入っていないときでも胃酸が分泌されるのです。そうすると、胃の粘膜を傷つけてしまいます。」
胃の粘膜を傷つけ、胃潰瘍ができる原因となるのは胃酸の出過ぎ。
ただし、通常は胃の粘膜は表面にある粘液で守られています。そのため小さな傷はできますが、潰瘍はできません。

そこにもう一つの原因が加わると・・・
榊先生:「胃潰瘍の場合には、90%以上がピロリ菌に感染した状態で起こっていると考えられています。」
これが、胃潰瘍のもう一つの原因、「ヘリコバクターピロリ」。通称ピロリ菌です。
胃がピロリ菌に感染していると、粘膜が薄くなって粘液の分泌が落ちてしまうのです。
榊先生:「粘膜が薄くなって抵抗力が落ちている方だと、傷ができたときに深くえぐれたような傷ができてしまいます。ピロリ菌に感染していて、ストレスで胃酸が出やすい人が潰瘍になりやすいのです。」
        
ピロリ菌の感染、ストレスなどによる胃酸の出過ぎ、この2つの原因が重なって胃潰瘍ができてしまうのです。

ピロリ菌発見物語


1979年、オーストラリアのベテランの医者であったウォーレンは胃炎患者の胃の中にある細菌を発見しました。
黒く細長い、らせん状の菌。
胃の中にこの菌がたくさんあればあるほど胃粘膜の炎症が重くなることに、ウォーレンは気付きます。

しかし!
当時の医学界の常識は、胃の中には細菌は存在しないというもの。
強烈な胃酸の中では、菌が生息することなどできないと思われていたのです。
胃潰瘍の原因も、胃酸過多としか考えられておらず、ウォーレンの発見した菌は医学界では誰も認めてはくれませんでした。

それから2年後・・・
新米医師、マーシャルが、ウォーレンのいる病院に研修医としてやってきました。
ウォーレンとマーシャルは運命の出会いを果たすのです!

ウォーレンの発見した菌に非常に興味をもったマーシャル。
二人は医学界の定説を覆すべく協力して研究を始めました。
らせん状の菌を相手に地道な研究が続きました。
二人は、慢性胃炎の患者のらせん状の菌を除菌してしまうと胃炎が治ることも確認します。

しかし、未知の菌の存在を証明するためには健康な人が感染した場合、本当に病気になるのかを確かめなければなりません。
そこで・・・
マーシャルがそこでとった驚くべき行動とは!?
彼は、らせん状の菌の入ったビーカーをつかむと一気に飲み干してしまったのです!
10日後、マーシャルは急性胃炎と診断されました。
そして、彼の胃の粘膜には、あのらせん状の菌が確かに付着していたのです!!

未知の菌を見事に証明した二人は、「胃炎と消化性潰瘍患者に見られるらせん状の菌について」という論文を発表。
論文の中で、彼らはこの菌を「ヘリコバクターピロリ」と名付けました。
「ヘリコ」は“らせん”、「バクター」は“細菌”、そして「ピロリ」は胃の出口付近の“幽門部”を意味しています。

ウォーレンとマーシャルの研究により、世界がピロリ菌を認めるようになりました。
これをきっかけに、胃潰瘍の治療法は大きく変わることになったのです!!

胃潰瘍のクスリ


胃の調子が悪くて病院に行った時、どのような検査や治療が行われるのでしょうか?

榊先生:「まず、一般的には胃カメラで胃に病気がないか検査します。」

内視鏡検査は、胃の内部を実際に見て確かめられるため、胃粘膜の検査では最も確実な方法だといえます。

もし胃に潰瘍ができていたら…
榊先生:「胃潰瘍がある場合には、薬で治療するのが一般的です。胃酸を強く抑える薬を飲んでもらいます。」
胃酸の分泌に大きく関わっているのがヒスタミンという物質。
そのヒスタミンをおさえる薬が「H2ブロッカー」です。
これは、胃の粘膜にあるヒスタミン受容体にヒスタミンが結合するのをブロックして胃酸の分泌を抑える薬です。
そして、胃酸を抑えるもう一つの薬がプロトンポンプ阻害薬。
榊先生:「出血していたり、潰瘍が大きい場合にはプロトンポンプ阻害薬を飲みます。」

胃酸を分泌させる物質は、ヒスタミン以外にも、アセチルコリンやガストリンといったものがあります。
プロトンポンプ阻害薬は、3つの物質全てに効果を発揮します。
そのため、H2ブロッカーよりも強力に胃酸を抑えることができるのです。

胃潰瘍になったら、H2ブロッカーとプロトンポンプ阻害薬。この2種類の薬が、治療の中心になるのです!

ピロリ菌検査方法・ピロリ菌除去クスリ


胃潰瘍ができる条件は、胃酸過多に加えて、胃の中にピロリ菌が生息していること。

ピロリ菌がいなければ胃潰瘍になる可能性は減ります。
榊先生:「ピロリ菌を除菌すれば、潰瘍の治りが早く、再発もしません。」

では、ピロリ菌を除菌するにはどうしたらよいのでしょう?

それには、2種類の抗生物質と胃酸を抑える働きがあるプロトンポンプ阻害薬が使われます。
まずプロトンポンプ阻害薬で胃酸の分泌を抑え、続いて2種類の抗生物質でピロリ菌を退治するのです。
薬は、朝・夕2回。1週間飲み続けます。
その結果、9割のピロリ菌を退治することができます。

榊先生:「除菌治療に成功して、ピロリ菌がいない状態になると、潰瘍の再発率は1年あたり2.3%というデータが出ています。」

榊先生を始め、全国の大学病院の先生方が共同で行った調査結果で、ピロリ菌がいる人の場合、再発する確率は50%以上。しかし、除菌に成功した人は再発率がわずか2.3%になるという結果が出たのです。

胃潰瘍になってしまったら胃酸を抑える薬を飲み、再発を防ぐためにはピロリ菌を退治することが大切です!
ピロリ菌って名前だけ聞くとかわいい響きに聞こえるけど、お腹に入ると大変なことになってしまうんですね。十分気を付けたいです。
胃潰瘍になる原因はストレスが大きいということで、今の人が気分転換するみたいに、昔の人も旅行に行ったり海を見たりしたという話には驚きました。