藤原道長と糖尿病


インスリンと深い関係のある病気、糖尿病。
道長は、現代の医学から見て、糖尿病としか考えられない病を患いました。

“この世をば わが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば”
“この世はすべて自分のもののような心地だ。ちょうど満月が欠けるところがないように願ってかなわぬものはない”

と、栄華を極めた道長でしたが、その晩年は重い病気に苦しんだそうです。

その病名は・・・「飲水病」。
この病気が、現代の糖尿病ではないかという推測は当時の記録から容易にできます。

道長は51歳の春からしきりに水を飲むようになり、2ヶ月も経つとさらにその量が増え、口が乾燥して無気力になりながら、しかし食欲は少しも衰えなかった。道長は10年間この病気に苦しみ、やせ衰え、視力を失い、62歳の生涯を終えたそうです。視力を失うのも、糖尿病の末期に起こることです。

糖尿病の歴史


「それは糖尿病ではないか?」と考えられる病気と治療法の記録は世界各国に残っています。

紀元前1500年、古代エジプトの医学書『エーベルス・パピルス』。

そこには、“やたら多尿となり、渇きの激しくなる病気”を治す薬の作り方が記されています。
“小麦の粒”と“水”、“(現代のパンに似た)お菓子”、そして水晶の一種である“緑鉛”、“細かい砂”、“土”といった鉱物まで混ぜ合わせて、ろ過して完成。あとは、“これを4日間服用する”と治る。

古代エジプトではこのような薬による治療が行われていたというわけです。
それから約1700年後、紀元2世紀のカッパドキア、現在のトルコ。
そこにもこんな記述が・・・

“患者は水を作ることを片時もやめず、身体や手足の肉はみな尿の中に溶け出てしまう。渇きはいやすすべもなく、水の流出はあたかもサイホンのようにとめどがない”

サイホンは、気圧の力で水を勢いよく押し出します。
人の身体から、とめどがなく水が失われる様子がサイホンのように激しかったのでしょうか。
この記述を書いたのは、医師 アレタエオス。
彼はその著書の中で、この病気にギリシア語で「サイホン」の意味を持つ「ディアベテスdiabetes」という病名をつけました。アレタエオスは、この病気の原因を“胃腸あるいは膀胱に問題あり”と考えていました。そのため、ミルク、薄いかゆ、穀物、果物、甘口のワインと消化の良い栄養のある食べ物を病気を治すための食事として考え出したのです。紀元200年頃のカッパドキアでは、食事による治療が行われていました。

その400年後の7世紀頃、中国は唐の時代。
孫思バク(そんしばく)という医学者の『千金方(せんきんほう)』にも、現代の糖尿病と似た病気の治療法が書かれています。

“この病気は、どんな薬でも治らない。ただし、お酒を飲むことと塩辛い食べ物、小麦粉を我慢すれば、たちどころに治る”

中国でも食事による治療が行われていたようです。

16世紀のスイスでは、医師 パラケルススが尿がたくさん出る病気の原因は腎臓にあると考えました。腎臓が塩気のために乾く。そう考えた彼は、口の渇きを訴える患者に甘いお酒をすすめました。 それからおよそ200年後の1797年、イギリスのロロという軍医によって新しい治療法が確立されました。 ロロはこの病気は、“胃の働きが異常に高まり、胃液が出すぎて、食べ物が消化されすぎることによって起こる”と考えました。 そして、糖尿病のときに大量に出る尿のほとんどは、野菜などの植物性の食品が消化されすぎたものだと考えました。 そこで、胃の働きを抑える薬を飲み、肉などの動物性の食品を食べれば、この病気は治ると考えたのです。 この治療法は『ロロの肉食療法』と呼ばれ、ヨーロッパ全土に広まり、インスリンの発見まで百年以上続けられていたそうです。

インスリンの働き


インスリンはすい臓から出ているホルモンです。

私達が口にする食べ物は、ブドウ糖となって吸収され、血液の中を流れていきます。
インスリンは血液中にブドウ糖が増えると、たくさん出てきて、ブドウ糖を全身の細胞にエネルギーとして取り入れる働きをしています。


食事をして上がった血糖値がこの時下がる。身体の中で、血糖値を下げてくれるのはインスリンだけなのです。
そのおかげで私達は元気に生きることができるのです。
しかし、食べ過ぎが続くと・・・
血液の中には、いつもブドウ糖がたくさんあることになります。
これが血糖値が高い状態です。

血糖値が高いと、すい臓はたくさんのインスリンを作らなければいけなくなります。
この状態が続くと、すい臓は疲れ、インスリンを作るのを止めてしまいます。

すると、身体の中にブドウ糖がだぶつきます。
これが糖尿病の引き金となるのです。

そして、インスリンは肥満にも関係しています。
血糖値が高い状態が続いて、インスリンがたくさん作られすぎると、身体に脂肪を溜め込んでしまうのです。

インスリン発見物語 “2人の学者と10匹の犬”


インスリンが発見されたのは、20世紀の初め。
当時25歳だったバンティングは、カナダの片田舎の平凡な整形外科医でした。
ある論文との出会いがきっかけとなり、彼は糖尿病研究の道に入りました。
それは、ドイツ人医師 ミンコフスキーが1889年に発表した、
「犬のすい臓を取り出すと、糖尿病になる」
という論文でした。
この論文を読んだバンティングは確信しました。
“すい臓がなくなると糖尿病になる。
 すい臓にある何かが少なくなったり、なくなったりすると糖尿病にかかるに違いない!”
“その何かを見つけ出して糖尿病の治療に役立てたい!”

しかし、田舎の外科医で、実験の経験も知識もなかったバンティングには自分の仮説を証明する手段がありませんでした。
母校のトロント大学に頼み込むこと3度、翌年の1921年の夏、ついに小さな実験室と研究用の10匹の犬を使うことを許されました。

この時、バンティングの研究に協力したのは医学生・ベスト、当時わずか19歳。
2人は手探りで、犬のすい臓から物質を取り出すための手術を始めました。それは、すい臓から出ている管を縛る手術です。すい臓から出ている物質を、すい臓に溜め込み、取り出そうと考えたのです。

手術後、10匹の犬達の体調管理が2人の日課となりました。
朝はエサ作りから始まり、毎日必ず尿検査と血糖値の検査を行い、10匹の犬達を見守り続けたのです。

実験を始めて9週間後、1921年7月27日、ついにすい臓から物質を取り出すことに成功。

いよいよ、その物質の働きを確かめるときが訪れました。
それには、糖尿病の犬に、この物質を注射して糖尿病が治るかを確かめるしかありません。
ここで2人は悩みました。
この研究のためには、自分達の手で犬からすい臓を取り出し、糖尿病にしなければいけなかったからです。その犬は一週間と生きることができません。
この時選ばれた一匹の犬が、マージョリでした。
研究を成し遂げるためにはマージョリを犠牲にするしかありませんでした。
2人がマージョリからすい臓を取り出すと、マージョリの血糖値は急激に上がりました。
2人はマージョリに、犬のすい臓から取り出した物質を注射しました。
数時間後、マージョリの血糖値は下がり、衰弱していたマージョリは元気になりました。
この物質こそインスリンです。

バンティングとベスト、そしてマージョリをはじめとする10匹の犬のおかげでインスリンが発見されたのです。
その後、2人はヒトの糖尿病を治すべく、研究を続けました。

1922年、当時13歳のレオナード・トンプスン少年が世界で始めてインスリンによる治療を受けました。
この少年は当時、すでに糖尿病の末期で衰弱しきり、明日にも命を落としかねない状態でした。
しかし、治療を始めてから半年後・・・
トンプスン少年はインスリンによって、糖尿病のベッドから奇跡の生還を成し遂げました。

1923年、インスリンの発見は、ノーベル医学生理学賞を受賞しました。

インスリンの改良


歴史上、初めて成功したインスリン治療には牛のすい臓から作ったインスリンが使われました。
それからおよそ50年後の1970年代には、インスリンは豚のすい臓から作られるようになります。

やがて1982年には、ヒトインスリンという、人間と同じインスリンが人工的に作られるようになり、今も使われています。
ヒトインスリンは、私達の身体の中にもいる大腸菌を使って作ります。
大腸菌にヒトインスリンの遺伝子を入れると、せっせとヒトインスリンを作り始めるのです。

北里研究所病院 薬剤部長 厚田幸一郎先生にインスリンの開発について伺いました。

厚田先生「インスリンは、開発されてからまだ85年しか経っていません。その間にいろんな開発が行われてきました。現在はヒトのインスリンを遺伝子組み換えの操作によって生合成しています。以前のようなアレルギー反応が抑えられるようになりました。」

インスリンは多い人で1日に3回〜4回も決まった時間に自分で注射をしなければいけません。治療を受ける患者さんの負担がとても大きいのです。

しかし現在、注射を使わないインスリンが開発されています。
厚田先生「2006年の初めにアメリカで、インスリンの吸入薬が認可されました。ぜんそくの治療薬に使われているものと同じように口から吸入します。」

口から吸い込んだインスリンは、肺から吸収され、全身に送られるのです。認可が下りているのはアメリカだけで、まだ使える人も限られているそうです。

厚田先生「呼吸器の疾患のある方には使えません。吸入式のインスリンだけでは治療ができませんので、注射も併用します。日本では、5年後をめどに治験が進んでいます。」

吸入式インスリンが実用化すれば、患者さんの負担は間違いなく軽くなります。

特定保健用食品


現在、“トクホ”、特定保健用食品はおよそ600品目。
身体への効果、効果が現われる仕組み、安全性が科学的に確認されたことを厚生労働省が認めた食品です。


血糖値が、空腹時110以上125以下、食後2時間で140以上200未満。 これが、糖尿病予備軍とされる人達の血糖値です。
全国に880万人いるといわれています。

“糖の吸収を穏やかにする”トクホは、食事と一緒に使います。この中には、食物繊維 の一種、「難消化性デキストリン」が入っていて、小腸でブドウ糖がゆっくりと吸収されるように働きます。 そのため、食後の血糖値の急激な上昇が抑えられるのです。

ただし、トクホはこれを飲んだから血糖値が上がらないというものではありません。 糖尿病を含めた生活習慣病を予防するためには、やはり生活習慣を見直すこと。 その手助けに、特定保健用食品を上手に使いましょう。