#10 「清洲会議」 2012年12月5日放送

#10 「羽柴秀吉 VS 柴田勝家」

#10 「羽柴秀吉 VS 柴田勝家」
#10 「羽柴秀吉 VS 柴田勝家」

豊臣秀吉が天下人の座を決定づけた瞬間はいつだったのか? それは、どの「戦」でもなく、あるたった一回の「会議」でした。 信長亡き後の織田家の後継者・・・いや、天下の後継者を決めた戦国のターニングポイント!!それこそが、清須会議!!立ちはだかるのは織田家筆頭家老、柴田勝家。 主君、信長亡き後、実質的な織田家の後継者に最も近い男・・・のはずだった・・・。 果たして、二人の運命を分けたものとは!? 今回は戦場よりも白熱した清洲会議、秀吉VS勝家の対決に迫ります!!

まさに驚天動地!!天下を揺るがした本能寺の変!!

柴田勝家と羽柴秀吉。ともに主君織田信長の下に仕え、その天下への道を支えていた二人。 そんな二人の運命を一変させたのは、本能寺の変でした。 「命に代えても信長様に仕える」。そんな信条を背負い生きてきた二人にとって、主君の死は自らのアイデンティティを揺るがす大事件だったのです。 この非常事態に、いち早く動いたのは秀吉でした。事変の首謀者光秀を討ち取り、その存在感を大きくアピール。 織田家筆頭家老として最高権力を握る勝家はこれに激怒。 そこで勝家が考えた手こそ、信長の後継者と領地配分を話し合う清洲会議の開催でした。

#10 「羽柴秀吉 VS 柴田勝家」

疾風怒濤!!運命の清洲会議!!

出席者は勝家を入れ四人。織田家の次席家老丹羽長秀。池田恒興。 そして、光秀を討った秀吉。まず、議題となったのは後継者問題。有力な候補者は二人。 信長の次男信雄と三男の信孝。継承順位では信雄が上だが、戦に弱く人望もない。勝家は信孝を推薦。 『秀吉が信雄様を押しても同意する者はない。秀吉などいつでも追い出してやるわ』勝家はそう思っていました。ところが、秀吉が突如、信長の嫡孫、三法師を後継者にと提案。 だが三法師はまだ三歳。あまりにも馬鹿げた提案に勝家は、丹羽長秀、池田恒興も反対すると思っていた。しかし、秀吉から事前に根回しがあった二人は秀吉に賛同。 そのまま、三法師が織田家後継者に決定。これにより、秀吉は実質的に織田家の頂点に立ち、自らの天下への道を決定付けたのでした。 秀吉と勝家の決定的な違い。それは、勝家が”織田家”の後継者にこだわったのに対し、秀吉は”信長”の後継者、つまり、”天下人”の後継者にこだわったこと。 自らの天下を欲した秀吉と、あくまで信長への忠義を捨てなかった勝家。果たして、真の勝者はどちらだったのでしょうか?

高橋英樹の軍配は…

勝家という人物は、死ぬ時に充実感があったんじゃないか?と思います。 主君の妹であるお市の方様が自分の妻になり、しかもその妻を死の間際に逃がそうとしたのに、一緒に添い遂げてくれるという。 その逸話が、勝家という人物に豊さとか柔らかさを与えているなと感じるんですよ。 すべての上で天下を取った秀吉、それはそれで素晴らしい。 けれどもやはり軍配は、「柴田勝家」に! そして演じるとすれば、演じてみたいのも「柴田勝家」ですね。 勝家という人物、掘り下げてゆくと、結構面白い人間かな、と。 そして僕には「秀吉」は演じられませんから!