2005年 8月13日の放送

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 今回の切り上げを含む人民元の改革の背景には、中米間で今年発生した繊維に関する貿易摩擦がある。米国では今年の1月に繊維製品にかかる輸入数量割り当て制度が廃止された後、中国産繊維製品の輸出が急増した。これを受け、米国商務省は5月13日及び18日、計7品目の中国産の繊維製品について「対中繊維セーフガード」発動を決定したと発表した。この一連の日中間の貿易問題が米国の中国に対する人民元切り上げ圧力の拡大につながっていった。

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 表を見ていただくとわかるように、中国の貿易構造は対アジアでは赤字、北米、欧州に対しては黒字でその他の地域とは輸出入ほぼ均衡という関係にある。特に対北米への黒字は対欧州の倍近くに及び、その大半は米国向けである。中国全体の貿易黒字額と対米国向け黒字額はほぼ同額であり、このことからも人民元切り上げの圧力が米国より発生した背景が見て取れる。

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 また対米向けの貿易黒字額の推移に注目をしてみても、ここ数年急激に拡大しており、2005年はこのペースでいくと 1800億ドルにも及ぶと予想されている。こうした拡大傾向も米国がこの問題は看過できなかった理由である。

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 ただ、人民元の切り上げをすることによって、米国向けの貿易黒字が減少するのかという点については疑問が残る。中国はここ20年に渡って、加工貿易の強化に取り組んできた。中国の加工貿易は、日本を始め他の東アジア諸国から技術集約度の高い中間財(部品、コンポーネントなど)を輸入し、それを低賃金労働で加工し、加工最終製品を世界のあらゆる地域に向けて輸出している。人民元の切り上げはこうした中間財輸入価格を低下させるため、そのコスト削減分を輸出価格に転嫁できるという側面も考えられ、切り上げイコール輸出の鈍化という単純な構図では考えられない。

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 また、中国の国内事情を考えると、現在大幅な切り上げに対しては慎重にならざるを得ないと考えられる。まず、現在の中国では、経済の急拡大の裏側で貧富格差の拡大が社会問題となっている。貧困層の代表格は農業従事者である。人民元の大幅な切り上げは、国内農産物の国際価格競争力を低下させるため、益々、貧困の問題は深刻化する可能性がある。また、金融面に目を向けると、この約1年ほど、国内銀行の不良債権比率は15%台で高止まりし、一向に低下してゆく兆しが見られないのも懸念材料である。更に、加工貿易中心の中国では、人民元の切り上げによって、低賃金のメリットが低減してくと外国企業が生産拠点を東南アジア諸国等に移転するというリスクも考慮する必要があると思われる。こうした理由により、現状においての大幅な切り上げは困難と考えるのが妥当であろう。