2005年 2月26日の放送

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 昨年10月、WTI期近物でみた原油価格は、1バレル=53.1ドル(月中平均)と、第二次石油危機時のピーク(80年11月の1バレル=40.9ドル)をはるかに上回る水準まで高騰したにも関わらず、米国のインフレ率は極めて低位安定的に推移した。この象徴的な出来事は、米国経済がインフレに陥らない構造下にあることを物語っていると私は考えている。

 まず、最初に、第二次石油危機時の3年間(78-80年)と、最近3年間(02-04年)のインフレに関する米国の基礎的なデータを比較してみよう。

 最初に、原油価格の平均価格は、後者の1バレル=32.8ドルが、前者の同25.4をはるかに上回っている。また、実質GDP成長率も、第二次石油危機時の年平均2.6%に比べ、02-04年間は同3.5%とやはり、最近3年間の方が高成長を記録している。

 一方、失業率も、78-80年の平均6.4%に対し、最近3年間の平均は5.8%と当時を下回っている。さらに、第二次石油危機の頃はドルが非常に安定的に推移していたが(年平均1.8%の下落)、ここ3年間は同9.9%も下落している。

 すなわち、エネルギー価格、経済成長率、失業率、為替レートの何れをとっても、過去3年間の方がインフレを招きやすい状態となっていたにも関わらず、現実のインフレ率は、PPIで年平均3.1%、CPIで年平均2.5%とディスインフレ状態であった。これは、ハイパー・インフレ(PPIが年平均11.2%、CPIが同11.6%)が生じた第二次石油危機の3年間と対照的である。

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 米国において、インフレが消滅した第一の理由は、石油危機以降の省エネと経済のソフト化・サービス化によって、エネルギー価格の上昇がコスト・プッシュ・インフレーションを招き難い経済構造が醸成されたためと考えられる。

 まず、米国のエネルギー効率をみると、1972年にはGDP1ドル(2000年価格)を生産するのに石油189グラムを消費していた(これをGDP原単位と呼ぶ)が、2003年のGDP原単位は88グラムまで低下しており、石油に関するエネルギー効率は2倍以上に改善している。

 また、石油に加えて、石炭、原子力、水力等も加えた全体のエネルギー効率をみても、1971年のGDP原単位(GDP1ドルを生産するのに必要なエネルギー消費(石油換算))437グラムに対し、2003年のそれは221グラムと、エネルギー全体でも効率は2倍以上に改善している。

 エネルギー効率の改善に加え、経済のサービス化の進展もコストプッシュインフレが消滅した一因とみることができる。データに制約があるものの、1983年から2003年の間に、GDPに占める民間財生産産業のシェアは24.9%から19.5%に低下した一方、民間サービス生産産業のシェアは61.2%から67.8%に上昇している。

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 第二に、経済のグローバル化とメガ・コンペティションが、米国における輸入インフレの発生を抑制している。

 まず、米国の輸入に占める中国、メキシコといった新興工業国からのシェアは、1974年のわずか3.4%が昨年には23.9%まで急上昇した一方、日欧といった先進工業国のシェア46.1%から36.1%へ低下しており、新興工業国の安価な労働力によって生産された低価格の製品が、特に90年代以降大量に米国市場に流入し、物価安定に寄与したと推察できる。

 また、ドル安が輸入インフレを引き起こす因果関係も薄れてきている。それは、まず、現在、ドルが為替市場で変動しているのは日欧の通貨であり、上で述べたとおり、先進工業国からの輸入比率が低下してきているからである。これに対して、輸入比率が上昇している新興工業国の通貨は現在ドルに固定されている。

 また、グリーンスパン議長が指摘しているように、世界最大の市場である米国に対する世界規模での企業間競争によって、欧州の輸出企業ですらここ3年の大幅なドル安にも関わらず、収益を削減することによって、ドル建て販売価格の安定を図ったため、米国の輸入価格の上昇は非常に限定的でとなっている。すなわち、メガ・コンペティションも、米国において輸入インフレを抑制する要因となっているのである。

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 第三に、企業の慎重な人員採用計画や雇用構造の変化によって、賃金インフレも生じ難い構造となっている。

 まず、1978年から昨年までの間に、労働力化率(労総力人口の生産年齢人口に対する比率)は64%から68%ほぼ一貫して上昇しており、生産年齢人口の増加に加えて、非労働力人口から労働力人口への人口移動が米国の高成長を支える潤沢な労働力の供給源として機能していることがわかる。

 また、第二に、パートタイマー比率(労働力人口に対するパートタイマーの比率)も、78年の15.5%から16.8%まで上昇している。これは、コスト削減意識の強い企業が、常用雇用を削減する一方、パートタイマーを中心に雇用増加を図り、賃金の抑制を図ってきたためである。

 また、パートタイマーのうち、非自発的にパートタイム労働を強いられている労働者の未利用労働時間が、潜在的な失業として機能するため、見かけの失業率低下にもかかわらず、賃金上昇の抑制をまねくことになっていると考えられる。

 以上みてきたように、米国では現在、コスト面、インフレ面、労働面のいづれをとっても、インフレが生じ難い状況となっているとみてよいであろう。昨年来の度重なるFRBの利上げにもかかわらず、長期金利が低位安定しているのは、このあたりの米国のディス・インフレ構造を債券市場が反映しているとみることが出来る。