2005年 2月12日の放送

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 外国為替市場ではドル買いムードが急速に強まっているが、私は、これ以上のドルの上昇余地は非常に限定的であり、また、今後数ヶ月以内に1ドル=100円を割ってドルが下落するリスクがあると考えている。したがって、現在は、ドル売り円買いの絶好の機会であるとみている。

 まず、最初に、昨年10月以降のドル円、ユーロドル相場の推移を振り返っておこう。ドル円、ユーロドル相場は、10月初めに、それぞれ1ドル=110円台、1ユーロ=1.23ドル近辺で取引されていたが、外国為替市場において、米国の経常収支赤字に対する懸念が急速に高まり、ユーロドルは、12月30日に1ユーロ=1.3666ドル、また、ドル円は、1月17日に1ドル=101円68銭までドル安が進んだ。

 しかし、ドルは、この12月終わりから1月中旬を境に買い戻され、足元では、1ドル=105円台、1ユーロ=1.27ドル台までドル高となっている。

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 昨年末以降、ドルが反発に転じた大きな要因として、次の3つの期待が挙げられよう。まず、一つ目は米国の金融引き締め期待である。FRBは、昨年6月以降、FFレートの誘導水準を漸次引き上げてきたが、金融市場では、今後も金利の引き上げは継続されるとみられており、外国為替市場では、特に今年に入ってから、金融引き締めがドルを下支えするとの期待が強まってきた。

 二つ目は、ブッシュ政権が、財政再建に真剣に取り組むとの期待である。すなわち、先週末のロンドンにおけるG7の共同声明で、「米国は財政健全化にコミットしている」との文言が盛り込まれ、また、今週、発表された2006年度の予算教書で、その青写真が明らかになったことで、金融市場では、財政赤字の削減期待が高まり、ドル買いを誘った。

 第三には、米国の経常収支赤字の縮小期待である。これは、先週金曜日のロンドンにおける講演で、グリーンスパン議長が市場メカニズムよる経常収支赤字の縮小見通しを明らかにしたことで、外国為替市場において、米経常赤字に対する楽観論が強まり、ドル買いにつながった。

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 しかし、私は、現在、目新しいドル買い材料はすでに出尽くし、今後は、すでに述べた3つのドル買い期待が剥げ落ちていくと考えている。

 まず、米国の金融引き締めであるが、現在、今年の米国の経済成長率に関する中心的な予測は3.5%となっており、それを前提に、FRBは、3.5%程度まで、FFレートの誘導水準を引き上げるとみられている。また、そのような期待はすでに為替相場に織り込まれているとみてよい。しかし、私は、減税効果の剥落やこれまでの金融引き締めによって、個人消費や住宅投資に悪影響が出て、また、企業収益の減少から設備投資も伸び悩むため、実際の実質成長率は、3.5%を大きく下回る可能性があるとみている。したがって、FFレートも3.5%まで引き上げられることはあるまい。これは、ドル売りにつながる。

 また、確かに予算教書では、ブッシュ大統領の任期中に財政赤字が半減するという楽観的な見通しが示されているが、議会共和党は、社会保障改革に消極的ともいわれており、予算教書に示された内容がそのまま法制化されるとの保障はない。もし、外国為替市場に、「予算教書は絵に描いた餅」との認識が広まれば、ドルは下落することになろう。

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 経常収支赤字の縮小見通しに関しても、私は疑わしいとみている。グリーンスパン議長は、講演の中で、「2002年の初めから2004年の初めかけて、ドルは、ユーロとポンドに対して30%下落したが、欧州の輸出業者は、米国でのマーケット・シェアを確保するために、利益を削ってドル建て販売価格の上昇を抑えたために、米国の対欧輸入物価(工業製品)は、この間、9%しか上昇しておらず、米国の工業製品価格の上昇をわずかに上回ったに過ぎない(図)。そして、これまでは、このような欧州輸出企業の対応が米国の輸入数量の減少を阻んできたが、現在、すでに利益圧縮による販売価格の抑制は限界に達しており、今後は、輸入物価の上昇が輸入数量の減少を招く。このような市場メカニズムによって経常収支赤字は縮小する(要旨)。」と議長は述べている。

 しかし、図が示している通り、1)現在のところも、米国の対欧輸入物価に上昇テンポが高まる傾向が出てきていない。2)80年代後半から90年代前半にかけてのドル安円高期にも、日本企業で同じような傾向がみられ、当時も、早晩、販売価格の上昇によって、日本の輸出数量は減少すると見方があったが、結局、日本の輸出企業は、さまざまな合理化によって、大幅な円高を乗り切ったことは記憶に新しい。3)最近、欧州企業は、対中直接投資を積極的に展開しており、米国の対欧輸入が、対中輸入に振り替わる傾向も早晩出てこよう。これも、90年代に、日本企業が行った円高対応策のひとつであった。

 したがって、私は、グリーンスパン議長ほどは、米国の経常収支赤字の削減に楽観的になることが出来ない。

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 以上述べてきたように、今後数ヶ月間で、昨年末以降のドル高を演出してきた米国の金融引き締め、財政赤字削減、経常赤字削減という3つの期待すべてが剥落する可能性が高いと私はみている。したがって、冒頭に述べたとおり、私は、これ以上のドルの上昇余地は非常に限定的であり、また、今後数ヶ月以内に1ドル=100円を割ってドルが下落するリスクがあるとみている。現在は、ドル売り円買いの絶好の機会であろう。

 短期的にも、もはや新たなドル買い要因が出てくるとは考えられない。おそらく、現在がドル買いセンチメントのピークであり、1ドル=106円を超えて大きくドルが上昇する可能性は低い。来週、ドルはむしろ反落しよう。GSEC指数も、28.6%となっており、為替レーダーの大半は来週は円高になるとみている。