2004年 6月26日の放送
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先週の最後にお話したように、長期金利の上昇は中長期的に円相場に決定的なネガティブな影響を与えると私はみている。
わが国の長期金利を10年物国債利回りでみると、最近2.0%をうかがう展開となっており、2000年9月の水準まで上昇きている。この長期金利の上昇の主な要因は、わが国のデフレ・リスクが軽減され、日本銀行による量的緩和解除が視野に入ってきたことや、世界経済の高成長、米国金利の上昇等と金融市場ではみられている。すなわち、これは、最近の長期金利上昇は、期待成長率と期待インフレ率の上昇によって、もっぱら説明されていることを意味している。しかし、私は、そのような「よい金利上昇」の影で、リスク・プレミアムの拡大という「悪い金利上昇」の存在が見落とされていると考えている。
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私が水面下で日本国債のリスクプレミアムが拡大しているとみるのは、小泉政権下で財政再建が頓挫し、むしろ、「大きな政府」を模索する動きすら出ていることを、市場が敏感に感じ取っているとみるためである。すなわち、今年度予算では、新規国債の発行限度枠30兆円はすでに放棄されたうえ、今国会で成立した年金改革法案や道路公団改革法案は、現在の財政支出の水準をむしろ維持しようとする内容である。また、イラク多国籍軍への自衛隊派遣も財政拡張政策である。すなわち、小泉政権下で、財政再建はすでに頓挫したといっても過言ではなく、G7中最悪のGDP比6.8%にのぼるわが国の財政赤字は、改善の目途がまったく立っていないどころか、むしろ拡大の危惧さえある。
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わが国の政府債務の水準がG7中最悪であることは周知の事実である。2004年における日本の国と地方の債務残高は、GDP比161.2%と、米、英、独、仏、カナダの55.0から73.6%はもちろんのこと、イタリアの116.7%と比べてもはるかに高い。したがって、長期金利の上昇は、国債費の増加を通じて、わが国経済にG7中もっともシビアな影響を与えることになる。すなわち、スパイラル的な財政赤字の拡大と長期金利の上昇が生じ、これが財政破綻に繋がる可能性すら排除しきれず、これは、円にとって中長期的な懸念材料であるといえる。
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さらに、財政赤字の更なる拡大は、最近の家計貯蓄率の低下とあいまって、将来わが国が経常収支の赤字国に転落する可能性を示唆している。
最近日銀が発表した資金循環勘定でみても、2000年以降政府部門の赤字は毎四半期8−9兆円程度とまったく改善していない。一方、大きな変化をみせているのは家計部門であり、同部門の資金過不足は、2000年の毎四半期6−7兆円の黒字から、最近では数千億円の赤字となっている。家計部門が赤字化したのは、不景気による所得の減少にも関わらず貯蓄を取り崩して消費を続けている循環的な要因、いわゆる恒常消費仮説以外にも、貯蓄奨励から消費重視へという消費行動の変化や高齢化等の構造的な変化が無視しえず、決して一過性のものではないとみられる。
さて、この法人部門、政府部門、家計部門の資金過不足を合計したものが経常収支となるが、今のところ、法人部門の黒字が、債務の削減と設備投資の抑制から、2000年の3兆円から昨年末には10兆円まで拡大したため、家計部門の赤字化が補われた結果、経常収支は、毎期3兆円程度の黒字を継続してきた。しかし、すでにその兆候が出ているように、景気回復下、設備投資が増大し借り入れによって賄われれば、法人部門の黒字は今後減少していくとみられる。すでに、述べたように、家計部門の赤字化は決して一過性の現象ではあるまい。そのような中、年金も含めた政府部門の財政赤字が悪化すれば、経常収支の赤字化は避けられまい。これも、中長期的な円安要因である。
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先週、お話したように短期的には1週間以内1ドル105円を試す展開を予想している。
来週のFOMCではおそらく市場の予想通り0.25%の利上げが行われ、為替市場にはもはや何の影響も与えないと考えられる。むしろ、今週発表された耐久財受注や新規失業保険申請者件数は、予想を下回りドル売りを助長した。さらに、6月30日のイラクの権限委譲に向けてテロが頻発しており、地政学的なリスクからドルが売られている。
一方、わが国の景気と株価は好調で、29日の鉱工業生産、7月1日の日銀短観もいい数字が出てくると予想され、これは円買い要因である。また、これを受けて、海外投資家は2週連続日本株式を買い越す一方、わが国投資家も2週連続外国株式を売り越しており、資本フローも円高方向となっている。さらに、7月2日の財務官交代に向けて、大胆な介入政策は採りづらく、105円以上で介入が再開される可能性も低い。
ただ、7月11日の参院選に向けて、雲行きが怪しくなってきた。年金改正法案と自衛隊の多国籍軍派遣で内閣支持率が下がっている。自民党が50議席を切れば小泉政権の存続が危ぶまれるが、そうなる可能性は十分ある。
したがって、来週円高になった後は、参院選に向けて逆に円を売り抜けるタイミングが重要となろう。