2001年6月9日放送 マーケット・ナビのポイント

1. 米・製造業在庫高/売上高比率
ここに来て、米国の景気減速を改めて印象付ける経済指標が出てきている。3月下旬以降、株価は底堅さをみせ、また長期金利は上昇傾向を強めるなど、金融市場は景気の早期回復期待を大きく織り込む動きを見せていた。年が明けて、今般の景気後退局面が早期に終了するとの楽観的な見方と正反対の悲観論が交互に出ては、金融市場は一喜一憂の反応を示していたのだが、3月下旬以降は、2ヶ月余りの期間に及び基本的に楽観論に與する動きとなっていた。6月に入り悲観論の妥当性を裏付けるような指標が出始めると、株式市場は反応鈍く下げ渋っているものの、債券市場は素直に歓迎し、10年債指標利回りは0.6%以上も下落している。

こうした指標のうちいくつかを見てみよう。5日(火)に発表された4月の製造業受注・出荷・在庫統計のうち、在庫高/売上高比率の推移を示したのがこのグラフである。4月のデータは、2月、3月の小幅縮小から一転して1.42倍と大きく上昇した。98年7月以来のレベルである。第1四半期の実質GDP成長率+1.3%における民間在庫投資の寄与度が▲2.96%と極めて大きいマイナスになったことから、在庫循環は一巡したという見方が一般的となっていた。在庫高/売上高比率が2月、3月と減少したこともこうした見方を裏付けるものと考えられていた。しかし、今回の急上昇を見る限り、受注・出荷ともに落ち込むなか(4月の受注は前月比▲3.0%、出荷は同▲2.5%)、在庫調整が予想以上に長引く可能性が高まったといえるだろう。

注目すべきは、経済における高い生産性を主導してきたハイテク部門の動向である。SCMのIT化をいち早く達成した同部門においては、在庫調整も過去の調整局面と比べもものにならないほどすばやく行われる(た)と考えられていた。しかし、今回の統計を見る限りでは、コンピュータ・電子部門の受注は前月比▲10.3%(3月同▲4.6%)、出荷は同▲6.9%(3月同▲2.4%)と大きく落ち込んだ結果、4月の在庫高/売上高比率は1.51倍と3月の1.41倍から急伸するという、非常にDisappointingな結果となっている。

2. 米・NAPM製造業指数
先週末の6月1日(金)には、5月のNAPM(全米購買者協会)製造業指数が発表された。本指数は、製造企業の購買担当者へのアンケート調査から作成される指数で、受注、生産、雇用、在庫、価格等の要素からなるDiffusion Index(景気動向指数)である。指数が50を超えると前月比「景気は拡大的」とみなすことが出来る。

同指数は昨年8月以来50割れしており景気の減速を忠実に物語っていたが、2001年の2~4月は小幅ながら上昇傾向を示しており、製造業部門の底打ちを示唆するものとの見方も出ていた。今回の再低下はこのような楽観論に水をさす結果となった。実際、債券相場はこの指標を買い材料とした。5月の42.1%という数字は、経験則からは、実質GDPの▲0.2%成長に相当する。今回の指数の内訳としては、雇用指数、在庫指数の悪化が目立った。

3. 米・NAPM非製造業指数
6月5日(火)にはNAPM指数の非製造業版が発表された。普段は余り注目されることのない指数であるが、ここ数ヶ月は、製造業主導の景気減速のサービス部門への波及を見るために重視されつつある。昨年の12月までは60%前後で高止まっていたが、今年1月に51.7%まで急落、サービス業の減速が懸念された。2月、3月は50%を僅か上回るレベルで踏みとどまったが、4月には景気判断の分かれ目となる50%を割り込んで47.1%まで下落、今回発表された5月の指数は更に46.6%にまで落ち込んだ。製造業と同じく、雇用指数の悪化が目立っており、サービス業においても人員削減の動きが強まっていることを示唆している。流通業、金融業の業況悪化が反映されているものと考えられる。

過去を見ても、景気後退は製造業からサービス業へ波及するのが一般的であり、その意味で、今回の景気減速局面も従来型のそれと何ら変りがない可能性がある。

4. 米・個人消費支出(前年同月比)
GDPの7割を占める個人消費の動向はどうであろうか。

グラフは個人消費支出の前年同月比の推移である。5月29日(火)に発表された4月の実質個人消費は前月+0.2%、前年同月比+3.0%と比較的堅調であった。しかしながら、昨年2月の直近ピーク前年同月比+6.3%からはかなり落ち込んでいる。

91年3月に底をつける景気後退局面においては、同指標は直前ピークの+4.5%から26ヶ月をかけて▲0.8%まで落ち込んでいる。この間、FRBはFF金利を9.75%から6.25%まで350bpsも引き下げており、景気の底を打った後も更に追加で325bps利下げして、FF金利は92年秋には3%まで下がっている。

もちろん当時との単純比較はできないものの、個人消費の減速が相当期間長引く可能性には留意しておく必要があろう。特に、耐久消費財への支出が3月、4月とも前月比▲0.4%と落ち込んでいることは注目に値する。過去10年にわたって耐久財消費は成長に大きく貢献しており、ここでストック調整が起こるとすれば、回復には相当程度の期間が必要と考えられるからである。

個人消費の今後の動向は雇用の趨勢に大きく左右されるが、6月7日(木)に発表された新規失業保険申請件数の最新データ(6月2日に終わる週)は43万2千人と92年9月以来の高い数字となり、また同時発表の5月26日に終わる週の失業保険受給者数は前週比+20.9万人と大幅に増加し、92年11月以来となる299.3万人に達した。

5. 米・第1四半期労働生産性
6月5日(火)に発表された第1四半期の労働生産性の改定値は、速報値(5月8日発表)と比べて大幅なリバイズ・ダウンとなった。非農業部門の生産性は前期比年率で▲0.1%から同▲1.2%改定された。主因は、表に示してあるように、製造業(同+0.3%⇒同▲2.1%)、特に耐久財(同▲0.1%⇒同▲2.4%)の減速である。この結果、単位当り労働コストは速報値の同+5.2%から同+6.3%へ上方改定された。これは99年最終四半期以来の水準である。現象面からは、景気減速下におけるインフレ圧力上昇、即ちスタグフレーション的と解されるが、グリーンスパンFRB議長は4日(月)に行った講演の中で、インフレ圧力について、次に要約されるような発言を行っている。

循環的な労働生産性の鈍化等により、単位当りの労働コストは増加に転じており、これにエネルギー価格の上昇が加わって、過去においてはコストプル・インフレにつなっがったであろう状況が見られるようになってきた。しかしながら、現況では生産企業の価格決定力が低下しており、コスト上昇は最終価格への転嫁ではなく、企業の利幅圧縮によって処理されることになろう。また、現在のドル高はインフレ圧力の抑制に寄与している。

インフレ懸念に対する議長のこの発言は、企業の収益力の一段の悪化を示唆しており、その通りだとすれば、議長が期待するように設備投資が早期に回復しない限り、株価の下押し要因となろう。

なお、非農業部門労働生産性の前年同期比改定値は+2.5%で、速報値+2.8%からの小幅な下方修正となった。95~2000年の平均値が+2.5%であったことを考えれば、「まだニューエコノミーのレンジ内」ということも可能である。

6. ドル円相場
ドル円相場は、週明け119円台前半で寄り付いたが、基本的にユーロの動きに引きずられ、120円を挟んだ値動きとなった。先週からのユーロ・ドル⇒ユーロ・円⇒ドル円という値動きの波及パターンが続いている。週央、ECBによる介入警戒感が出てユーロ・ドルが0.85台を回復するとユーロ・円が102円台後半まで上昇、釣られてドル円が120円台後半まで上昇するという動きが見られたほか、週後半には「英労働党が総選挙に勝利して、2002年のユーロ導入の是非を行う国民投票が行われる」との観測で、英ポンドが対ドルで86年2月以来の安値をつけると、ユーロも連れ安で0.85台を割り込み、ドル円が120円を割り込むという動きも見られた。

ドル円単体での材料には相変わらず乏しいものの、121円台には輸出企業の売りオーダーが大量に並んでいると見られ、輸出企業のドル売りターゲットの下値切り下げがドル円の頭を重くしている。また、生保も円高傾向を意識して保有外債のヘッジを入れ始めているとの観測もある。

ファンダメンタルズでは円安との見方に変化はないが、このような機関投資家や実需筋の動きが円高期待を生んでいることは否めず、実際、5月の下旬以降、通貨オプション市場では予想変動率が円高を織り込む動きとなっている。しかしながら、円の高値では通貨当局による介入警戒感が出てくるため、一気に円高が進むことは考えづらい。今週の予想レンジは118円~123円。