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第290回 2006年7月22日放送 キリンビール 加藤壹康 社長

今年は長梅雨でなかなか夏がやってこなかったが、ビール業界では梅雨よりもずっと前から暑い夏の陣を繰り広げており、しかも大変動が起きている。2006年上半期のビール市場のシェアで5年ぶりにキリンビールが首位に立った。ライバルのアサヒビールから首位を奪還したのだ。

かつて、キリンビールが『アサヒスーパードライ』の人気に押されビール系飲料のトップシェアをアサヒに明け渡してしまったとき、キリンビールの加藤壹康社長は「大変なショック」を受けたと言う。その当時、営業というお客様に一番近い現場で活躍されていた分、そのお客様がアサヒを支持したことは相当なショックだったようだ。

そんな加藤社長が社長に就任したのは今年の3月。「絶えず前進」を座右の銘にしている彼は、「シェアを見るな。お客様に目を向けろ」と社員に語り、前進してきた。これは、シェアや数字ばかりを見てしまうと売り方が荒くなるからだ。お客様目線に立つ、いまや当たり前のことかもしれないが、それまでのキリンビールは必ずしもそうではないところがあったと言う。それをお客様目線に変えるだけで「お客様が喜ぶ売り場にしよう」「店が喜ぶ企画を提案しよう」「ビールにあうメニューを紹介しよう」「原料を開示しよう」「一缶からでも配達しよう」と様々な発想に結びついた。デフレ時代は価格が営業のテーマだったが、これからは「価値」で競う時代になった。キリンは今、「価値営業」を実践している。

また加藤社長は「組織の一体化」に力を入れた。営業・開発・製造・広告などの横の連絡を密にしたのだ。こうすることによって、営業が掴んできたお客様の声をダイレクトに製造現場や広告部門に伝えられるようになった。新商品の開発や広報宣伝のヒントが得られるだけでなくモチベーションのアップにも繋がる。また売れ筋情報を製造現場に知らせることにより生産の適正なコントロールが可能になる。

とは言っても、一般にはビールの市場シェアへの関心は高い。現在、ビールはアサヒ(スーパードライなど)が50%でトップ、キリンビール(一番搾りなど)は28.6%と水をあけられている。しかし、発泡酒はキリンがトップで54.2%(淡麗〈生〉)、2位のアサヒ(本生)を大きくリードしている。また第3のビールもキリンの一人勝ちで(40.9%、のどごし〈生〉)で、2位のサントリー(20.2% ジョッキ生)の2倍のシェアを誇っている。

発泡酒、第三のビールでなぜキリンが強いのか。その要因は味の違いだとキリンは分析する。例えば第3のビールの「のどごし」の場合、「すっきり飲めて、しっかり美味い」を実現。試行錯誤した末に、糖と大豆のアミノ酸を過熱して深みのある味と香りを引き出し、色も黄金色にすることに成功した。開発の努力が消費者に受け入れられたのだ。

また、消費者の変化についてゆくことも大切。「最近の食の関心の高まりで、ここ5〜6年でとりあえずビールを飲む時代から、何故ビールを飲むのかを考えるようになってきた」と言うのだ。そのため、キリンビールはここ数年新商品を次から次に発売している。1998年から発泡酒を手掛け、2003年にチルドビールを発売。去年からは第3のビールにも参入した。特にキリンの場合、発泡酒が好調の中での第3のビールへの参入は、自社内で競合、シェアの食い合いを起こすリスクもあった。しかし、キリンは、第3のビールを発売前に既に発売されていた発泡酒の改良を行い逆に売り上げを伸ばしていった。

キリンの課題はなんと言ってもビールだ。キリンラガーや一番搾りが健闘してはいるものの、アサヒのスーパードライの壁は厚い。そんな中、救世主の候補生が現れた。『プレミアムビール・無濾過』という高付加価値のチルドビール。ビール工場でしか飲めない出来立てのビールを飲みたい、そんな想いを叶えたビールだ。これを商品化するには、生きた酵母を閉じ込めるために4度〜5度に温度をコントロールして配送しなければならなかった。それが壁となってなかなか実現できないでいたが、キリンと流通業者の努力が可能にした。材料も製法も手間隙がかかっており、価格はビールの1割り増しだが、販売は前年比2倍増だ。

キリンビールは中国市場の開拓にも熱心だ。2003年からビールの生産量、消費量ともに世界一となった中国。キリンビールは、この巨大市場を『東北三省』『長江デルタ』『珠江デルタ』に分けて重点地域とし事業を展開している。暑い地域の方がさっぱりした味を好むなど、各地域により異なる嗜好に対応して5種類のブランドを投入。上海を含む長江エリアでは『一番搾り』に加え中国向けに開発した『清淳』を販売している。今はバドワイザーが中国市場のトップだが、加藤社長は「中国も量から質に変わってきており、キリンビールの技術は大きな力を発揮する」と、特に高価格のビールに力を入れている。ビールの消費量は世界一の中国だが、一人当たり飲む量はまだ日本の半分以下。まだまだ中国にはチャンスがあるのだ。

来年、キリンビールは100周年を迎える。100年後も「キリンっていいね」といわれるよう、まだまだビールに新しい進化をもたらしてくれそうだ。

語録 〜印象に残ったひと言〜
  • シェアを見ない。客に目を向けろ
  • 価格営業から価値営業へ
  • 消費者の変化と多様性を捉えなければ、ビール業界はだめになる
  • 「とりあえずビール」から「何故ビールを飲むのか」を考えるようになった
  • 100年後も「キリンっていいね」と言われたい
亜希のゲスト拝見

「ビールが飲めるということでキリンビールに入社した」とおっしゃる加藤社長。営業時代には学生時代の器械体操部の経験から、バクテンを披露したこともしてあったそうです。第3のビール「のどごし」が発売されるときには、現場の営業マンを激励するため、キャンピングカーで1万4000キロを走破。営業マンも大変なのだと、ホテルには泊まらず、全て野外で寝泊りしていたそうです。

そんなバイタリティー溢れ、明るく話しやすい加藤社長はキリンビールとしては14年ぶりの営業畑出身の社長。話の中でお客様の声と何度もおしゃっていたのも、きっとその声をずっと聞いてきたからでしょうか?

面白かった話題の一つが中国市場の「プッシュガール」です。東南アジアにはよくあるシステムらしいのですが、日本では見たことがありません。何かといいますと、レストランなどでキリンビールをお客様に勧める若い女性のこと。知名度を上げる為にも、市場を拡大するにも欠かせない存在だそうですが、注文をとるだけでなく、ビールを注いで回ったり、お客様の話し相手をしたりとなかなかタフな仕事です。しかも同じお店にライバル社のプッシュガールもいて、激しいバトルを繰り広げています。私には出来そうにありません。

ビールの種類が増えた今、今後は「とりあえずビール」体質から脱皮し、そのときの気分に合わせて「○○のビール」と細かく主張できる人になりたいと思います。