第289回 2006年7月15日放送
原油価格が高騰しており、世界経済を圧迫している。しかし、そのおかげで潤っているのがサウジアラビアに次ぐ世界第2位の産油国ロシアだ。ロシア経済は原油高を背景に急成長していて、GDPはここ数年平均で6%超の伸びを記録。平均月収もここ5年で5倍にも伸びた。その結果、中産階級が育ちつつあり、富裕層も拡大、モスクワは今や億万長者の数でニューヨークに次ぐ世界第2位の地位を占めるまでに至っている。旧ソ連時代をイメージしていては全く今のロシアが見えてこないくらいの大変化である。
ソ連時代には経験のない経済的な豊かさが、ロシア市民の生活の中に大きなムーブメントを引き起こしている。消費ブームである。その象徴の一つと言えるのが自動車で、輸入車ディーラーは来店客が引きも切らない。かつては1台100万円程度の国産車しか買えなかったが、収入増で輸入車が買えるようになり、新車市場3分の1を輸入車が占めるまでになっている。モスクワ市内にはBMWやメルセデスベンツ、そして日本車や韓国車が走り回っているのだ。消費ブームのもう一つの象徴がモスクワ市内にあるショッピングセンター『MEGA』だ。ここには昨年、ロシアの総人口の3分の一を超える5200万人が訪れ、来客数世界一を記録した。また、モスクワでは不動産もバブル状態だ。マンションは投資の対象になり価格は右肩上がり。値段の高い部屋から売れてゆくという。
こうした旺盛な消費意欲を支えているのがローン制度の充実。生活が安定してきたことから、ローンを組んでモノを買う人が急増している。また、ロシアはアパートの家賃や電気・ガス・水道代といった費用が安いく可処分所得が大きい。これは社会主義時代の名残だ。
そんなロシア経済の強さの源泉は、繰り返して言うまでもなくエネルギー資源だ。ロシアの輸出のおよそ6割がエネルギー関連で占められ、ロシア経済成長率の推移と原油価格の推移はシンクロした動きを見せている。しかし、そこにロシアのリスクがある。こうした経済構造のままでは、ロシアの将来はエネルギー次第、ということになるからだ。また、ロシアでは所得格差の拡大も問題視されている。上位2割の人々が所得全体の46パーセントを受け取り、下位2割の人々が所得全体の5%を分け合うという富の偏在が生じているのだ。社会の二極分化、階層化が進みつつあり、これからの不安要素として指摘する声は強い。旧ソ連時代にはいなかったはずのホームレスは年々増え、今では1万人以上いるともいわれている。
このためロシア政府は、産業構造をもっとバランスのよいものにしようという考えを持っている。国内の製造業の強化しようというのだ。今は輸入品ばかりが人気を集め、貧弱なメイド・イン・ロシアは不人気だ。そのためせっかくエネルギーで稼いだ富が、海外へと流出することにもなっている。
そんなロシアと日本の関係だが、悲しいことに他国に比べて日本の出遅れが目立っている。かつて日本企業はロシアへも進出しそれなりの成功を収めていたが、1998年の通貨危機でその多くがロシアから去っていった。その後、ロシアに進出したのが欧米や韓国の企業だ。彼らはいま大成功を収めているが、特に韓国の大手家電メーカー・サムスンやLGの勢いはすさまじく、街中ではこの2社の広告で溢れかえっている。ロシアの調査会社によると2005年の広告出稿件数でサムスンは4位、LGが16位。日本で一番多いのが松下電器産業の52位だから、その差は歴然である。テレビの市場シェアも韓国勢は27.4%で、日本勢の18.3%を引き離している。自動車市場でもシェアNO.1はヒュンダイでトヨタは2位に甘んじている。この差を作ってしまった最大の要因は「リスクを取るか取らないか」。日本企業は一度失敗すると非常に慎重になるという。『羮に懲りて膾を吹く』体質なのだ。そうした中、去年(2005年)の6月、トヨタ自動車がサンクトペテルブルクへの工場進出を決定した。投資額は日本メーカーとしては過去最大の150億円で、起工式にはプーチン大統領も出席した。このトヨタの決断が他の日本企業を刺激している。トヨタが行くならば…ということだが、日本モスクワ商工会メンバーも4年前の65社から今では140社に増えた。
とはいえ、ロシアでビジネスをしようと思っても今日明日できるものでもない。ロシアの未成熟なビジネス環境、独特の商慣習などハードルは少なくない。インフラの整備も遅れている。その一方で、ロシア側の日本への期待感は小さくない。最近、ロシアは中国との依存関係を強めてはいるが、中国の比重が一方的に高まることを望んではいないという。アジアでのバランスを均等化させるためにも日本の経済力に関心は高いのだ。ただ、ロシアの駐日大使ロシュコフ氏はインタビューで次のように語っていた。「日本の経済界は他の国々と比べると出遅れている。ロシアで仕事をするのは大変だと常に日本は不満を言う。しかしこの遅すぎるスピードのままでは日本が被害をこうむるのではないかと思っている。我々は他のパートナーを選べるからだ。日本人にはもっとロシアに来てわが国を知ってもらいたい」と。
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