第287回 2006年7月1日放送
『ヒルズ族』『勝ち組』などと言われたベンチャー企業が、こぞって株式を上場していたのが新興企業向け市場だ。そんな新興企業向け市場は日本国内に6つもある。東京のジャスダック(2006年7月1日現在で971社上場)・東証マザーズ(163社上場)、大阪のヘラクレス(142社上場)、札幌のアンビシャス(4社上場)、名古屋のセントレックス(21社上場)、福岡のQボード(5社上場)だ。その中でもジャスダック証券取引所の歴史は最も古い。戦後の復興期である1949年、東証などで売買されていない株式を取り扱う「店頭市場」としてスタート。ベンチャー企業や中小企業の資金繰りを支援するのが目的で、ソニーやホンダの株式が取引された。その後はヤフーやソフトバンク、吉野家や日本マクドナルドなど時代を象徴する企業が次々と上場し、ジャスダックは新興企業向け市場として確かな実績を積み重ねてきた。しかし、その一方で、ジャスダックは東証一部に行くステップ、通過市場という位置付けもされていた。そこで2004年、これまでの店頭市場から東証と同じ「取引所」となり、成長性の高い企業が集まる取引所として生まれ変わろうとしている。
そして今年1月。ライブドアショックが株式市場を襲った。ライブドアが上場していた東証マザーズを筆頭に、新興企業向け市場は軒並み急落。投資家の新興企業に対する信頼感が失われたためだ。(2006年6月30日の終値ベースで)東証マザーズの株価指数は1月の高値から5割下落、ジャスダック指数も3割下落している。
信頼回復が求められている。ジャスダックの筒井高志社長は改革へと動き出した。野村證券で常務、専務を歴任し、2005年にジャスダック社長に就任した筒井社長。これからのジャスダックのキーワードとして『Growth and Governance』という言葉を掲げている。上場企業に成長の場を提供するだけでなく、コンプライアンス体制の強化を支援するというもので、上場企業の質を維持することを最重要課題としているのだ。また、ライブドア事件は、「取引所の上場審査は甘くないのか」「不正取引の監視などは十分なのか」「投資家への情報提供は適切か」などと言った問題も浮き彫りにした。これに対し筒井社長は、そうした課題を「前向きな体制作りにつなげることが大切」と話す。ただ、「新しい企業を受け入れることは大切なことであり、重箱を突っつくような官僚的なやり方では良い新興市場は出来ない」とも話し、ベンチャー企業への門戸を狭めてはいけないとの姿勢を見せる。そして、株式上場の財務上のメリットだけを考えがちな企業に対して、「株式を上場し公開することの意味を十二分に理解してもらうことが大切」と訴える。
新興企業向け市場の再編問題も浮上している。冒頭で記した通り、日本には6つも新興企業向け市場があり、「多すぎるのでは」という意見があるのだ。ジャスダックを除いた5市場は1999年から2000年にかけて出来たもの。アメリカの新興企業向け市場・ナスダックが日本に上陸したのが2000年。これに対して「日本を守らなければ」という想いと「新しい上場企業を取り込まなければ生き残れない」という地方の取引所の危機感から次々と作られたのだ。しかし、これだけの数が必要だろうか。筒井社長は「それぞれ特徴があれば意味があるのだが」と話している。そして「市場全体の質を高め、良い企業が上場し、活躍してもらえるトータルな資本市場をどう作るかが重要」だとも言う。ITの普及で、例えば札幌の企業が東京で上場しても特段の不便はなくなっている。日本の新興企業向け市場はどうあるべきか、議論する時が来ている。
証券取引所が直面しているもう一つの問題がコンピュータシステム。最近、売買停止に陥るケースから巨額の誤発注まで、数々のシステムトラブルが起きている。個人投資家のネット取引の増加などでシステム負担が重くなっているためだ。ジャスダックは既にシステムを増強。『容量』『スピード』『チェック機能』の改善を進めた。ただ、こうしたシステムの構築には多額の費用がかかるため、そのコスト軽減を狙って取引所の再編、提携が進む可能性がある。ジャスダックでも大阪証券取引所と、コンピュータシステムのバックアップ体制の構築に向けて話し合いが進んでいる。
証券市場の環境が変わってきているのは日本国内だけではない。もっと大きな波が世界で起きている。世界の証券取引所の大再編劇が動き出しているのだ。ニューヨーク証券取引所がパリやアムステルダムに取引所があるユーロネクストとの統合を発表。ナスダックもロンドン証券取引所の筆頭株主となり関係を深めている。この二大陣営に分かれた世界規模の大競争の背景には、莫大なシステム開発コストの軽減、24時間取引構想といった思惑がある。24時間取引を実現するには東アジア市場、中でも東京市場は重要だ。筒井社長は、「この波は日本に3年を目処にやってくる」と見ている。そのときジャスダックはどう対応するのか。筒井社長は、「グローバル化を避けるわけではないが、今起きていることをキチンと理解し分析をして、本質を捉えることが大事。しっかりと対等に主張するスタンスを持たなければいけない。ニューヨーク証券取引所などが入ってきて、日本市場を乱さないようにしなければならない」と話す。
番組の最後に筒井社長はこう力説した。「マーケットは国民共有の財産。我々はその取引所の管理人のようなもの。投資家・企業・証券会社など皆で良い市場を作り、経済発展に繋げていきたい」と。
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