第277回 2006年4月22日放送
PHSを簡易携帯電話だと思っている人は、時代の流れについていっていない。今やPHSは、その機能を高めて復権を果たしたのだ。
とはいえ、PHSは長い低迷の時代が続いていた。1995年にスタートした当初は、通話料金の安さで評判になったものの、カバーエリアが携帯に比べまだ狭かったことや移動中の通話に弱かったことから人気は長続きせず、携帯電話側が相次いで値下げに踏み切ると加入者数が減少に転じた。PHSの存在感は希薄化していったのだ。
当初3社(NTT系のNTTパーソナル・旧DDIポケット・電力会社系のアステル)がPHS事業に取り組んでいたが、どこも業績は振るわず、アステルは2005年11月に撤退。NTTパーソナルはNTTドコモに営業譲渡したが、そのドコモは2006年4月一杯で新規の受付を停止した。そして今、PHSサービスを積極的に展開しているのは旧DDIポケット・現ウィルコムたった一社となっている。
そのウィルコムは、昨年度、加入者数が390万人を超え過去最高を記録。携帯・PHS4社(au,NTTドコモ、ボーダフォン、ウィルコム)の加入者純増数では86万人と第3位。他社に比べてそもそもの規模が小さいことを考えると、PHS復活!と言ってもいい。この健闘振りを「互角で戦っている」と評価するのはウィルコム社長の八剱洋一郎氏。彼は日本IBMでキャリアをスタートさせ、1999年にはAT&Tグローバルサービスの社長に就任。2004年から日本テレコムの副社長となり、2005年1月にDDIポケット(現ウィルコム)の社長に着任した。
PHS復活の大きなきっかけとなったのは、「音声通話月額2900円の定額プラン」。ウィルコム同士なら何度掛けても月額2900円!この「音声定額プラン」はグループ加入を誘った。家族で、友達どうしで加入したり、会社の社員全員に配布するなど(特に20から30回線を利用する中堅企業に人気とか)、電話代を節約したいと考える人達に人気が出た。また、メールもし放題という情報もインターネットを通じて広がり、若い世代にも人気を呼んだ。もちろん携帯陣営でも似たような料金プランが出た。ボーダフォンの「LOVE定額」。しかし、これは特定の一人だけが対象なので、ウィルコムのプランのようなグループ買いには発展しづらい。
もう一つのPHSの特徴は『低電磁波』。この特性を生かし、新しい市場を開拓している。それは病院などの医療施設。ペースメーカーや人工呼吸器、医療器具などは電磁波の影響を受けやすいので、通常の携帯電話は使いにくいが、PHSなら電磁波が弱いため使えるのだ。今では全国3000以上の病院や介護センターの現場で使われている。
では、かつてPHSの弱点と言われていた『通話エリアの狭さ』は解決したのだろうか?八剱社長は「携帯電話とほぼ同じエリアをカバーできるようになった」という。人口カバー率は99パーセント。基地局の数は全国で16万台まで増えた。実はこの数、携帯電話より圧倒的に多い。例えばNTTドコモのFOMAの場合、全国で2万4000台だ。PHSは基地局が多いため、一つの基地局に通話が集中して繋がりにくくなるということが起こりにくいと言う。新潟中越地震では、PHSが通信手段として活躍した。
PHSのいいところばかり書いてきたが、胡坐をかいていられるわけではない。大きなハードルとなりそうなのが今秋から始まる『ナンバーポータビリティー制度』。これは携帯電話会社を換えても、元の番号をそのまま使えるようになるという新しいサービスだ。この制度そのものにはPHSは関係ないが、八剱社長は「NTTドコモやauが新しいサービスや値下げを行って加入者の囲い込みを始めるのは必至。PHSと携帯電話のターゲット層は少し違うものの、注意しなければならない」と、すぐに影響はでないとは言いながらも警戒はしている。
こうした中でウィルコムは新しい取り組みも始めている。「ウィルコムシム」と呼ばれるPHSの無線機能を小型モジュール化した部品だ。重さ僅か8gという超小型のモジュールは、PHSの音質のよさ・データ通信・位置情報・低電磁波といった"強み"を全て兼ね備えている。「我々はPHSの電波の送受信やデータ情報などの技術はあるが、製品の外側を作るノウハウはない。だから、我々のプロフェショナルな技術を凝縮したチップを使った製品を他のメーカーに考えてもらいたい」と八剱社長は話す。
既に「ウィルコムシム」を使った商品も登場している。昨年12月に市場に投入されたとたんに爆発的なヒット商品となったW−ZERO3。玩具メーカーのバンダイが開発した『キッズ携帯』は、位置情報機能を使って子供の居場所が分かる。将来的には、血圧計に無線モジュールを組み込んで病院にデータを送信できるようにしたりとか、電子レンジに組み込んで料理のレシピをダウンロードできるようにする、といったアイデアも挙がっている。
日本発の技術であるPHSはアジアにも広がっている。中国で8700万人、タイ50万人、ベトナム20万人、台湾110万人がPHSに加入している。しかし、彼らのPHSはまだ音声通話でしか使われていないため、データ通信まで出来るウィルコムの技術は注目されている。PHSの海外での市場規模はまだまだ広がりそうだ。携帯電話会社もうかうかしていられないくらい、PHSは勢いをつけ始めている。
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