第272回 2006年3月18日放送
田中角栄時代、日中間のキーワードは『友好』だった。しかし、小泉総理の靖国参拝以降は『政冷経熱』(経済は盛んだが、政治は冷えている)と言われるようになり、今は『政凍経涼』とまで言われ始めている。ここ数年の日中首脳会談を振り返っても、1998年から毎年いずれか一方の指導者が相手国を訪問したものの、小泉総理の靖国参拝以降、相互訪問は2001年を最後に中断している。第三国での会談も去年4月が最後で現時点で次の会談は予定されていない。慶応大学教授で、東アジア研究所の所長でもある国分氏は、こうした状況について「日中ともに互いに魅力が無くなってしまった」と分析し、今の中国を次のように見ている。
まず冷えてしまった中国と日本の政治。小泉総理の靖国参拝問題が今の日中関係の象徴とされてしまっているが、問題は歴史認識の違いだけではない。「パワーシフト論」という考え方がある。19世紀に大国だった中国は、20世紀に台頭してきた日本にその地位を奪われた。しかし21世紀になって再び中国が力を持ち始め、今は日本と中国の力関係が変わりつつある局面、という見方だ。
もう一つは日中間の政治構造の変化。田中角栄時代は、国会内の中国に対する考え方は一致していたが、世代交代が進んだ今は考え方がバラバラになっている。中国でも、全てをトップの指導者だけで決められた昔と違っている。インターネットの普及で『世論』も起こっていて、従来のやり方が通用しない。日中共に政治的背景が複雑になり従来通りにはいかなくなったのだ。
日中間の経済関係を見ると、驚異的ペースで拡大してきた中国直接投資が昨年は前年比で0.5%減少(603億ドル)した。反日デモの影響を受けただけではない。「中国だけに加担してもよいのか」と、民間企業はベトナムやタイなどにもリスク分散を始めた。加熱していた中国投資を調整する時期なのだ。(欧州を除く米国や華僑の対中投資も頭打ちになっている)。
また、中国側は“反日”に縛られてもいる。「日本は本質的によい国で、技術もあるが、中国の中では日本という名詞を使うのはマズイ。どうすればよいのか」と頭を抱えているのだ。また、中国国内では「米国がいればいい」という意見と「日本も必要」という考え方がぶつかり合い権力闘争にも使われている。事態は複雑化しているのだ。
こういった様々な状況に対処するために、日本は中国が日本に抱いている“気持ち”を冷静かつ厳密に捉えなければならない。例えば、米国は中国に対して注意を喚起する場合「懸念を示す」という表現に留める、などといった配慮をしているが、日本の政治家は安易に「脅威」という強い表現を使ってしまう。これでは中国は反発する。日本の外交はもっと大人になることが必要なのだ。
一方、中国側はポスト小泉を睨み、動き始めている。今月(3月)に温家宝首相は「政府間戦略対話」(世界の中での日中間の役割について話し合う)・「国民交流の強化」・「経済関係の安定と発展」を柱に日本とも関係改善を目指すと発言した。
こうして日中間がギクシャクしている間に、米中が急接近している。昨年一年間で行われた米中首脳会談は5回!4月には胡錦濤主席の訪米が予定されている他、ブッシュ大統領と胡錦濤主席はホットラインでも頻繁に情報交換しているという。この2国間の関係は、妥協するところは妥協し、突っぱねるところは突っぱねるという大人の関係だ。そもそも、中国が米国に接近したのは国内の政治的事情からだ。いまだに江沢民前主席の勢力が大きな力を持っていて、胡錦濤主席の権力基盤は盤石ではない。そこで胡錦濤主席は、“外交”で自らをアピールしたいとういう事情がある。しかし、日本との間には問題が多すぎてダメ。
そこで米国に接近となるのだが、米国もそうした状況を理解しながら、新たな対中外交を展開している。そのキーワードは「ステークホルダー(=利害関係者)」。中国は国際政治の「ステークホルダー(=利害関係者)」だと繰り返し強調し、責任ある大国としての行動を求める戦略。中国も、人民元の改革など米国側の要求に応えている。1980年代の日本は、米国の国債を大量に購入し、貿易摩擦の解決に奔走して米国の経済システムを支えた。米国はその役割を今度は中国に担わせようとしている、とも言える。それだけに、対米基軸外交を巡っては中国国内でも議論がある。
では、中国にとって日本はもはや不要なのか?と言うとそういう訳ではない。日本企業は中国国内で920万人の中国人を雇用している。中国の税収の25%は外資系企業からのものだが、その外資系企業の中で日本が占める割合は大きい。中国にとって日本は外せない存在なのだ。だからこそ、互いにプラスになる関係を築いていくことを冷静に考える時期に来ている。
外交に力を入れている中国だが、一番の問題は国内問題だ。全人代に承認された新5カ年計画では農村問題などに力点が置かれている。都市と農村の格差の拡大や、都市圏での失業者問題を背景に、一日200件、年間8万件の暴動が起きているからだ。また、毎年4万〜5万件の汚職事件が発覚していることも、暴動の要因になっている。
国内問題はまだある。いまだに不透明感が残る市場の実態、輸入依存度が高まっているエネルギー問題、更には共産党の求心力の低下などだ。中国流の「スローガン政治」も根本的な問題解決にはつながらないだろう。北京オリンピック、上海万博などのイベントの後にはサッカーワールドカップを誘致しようという動きも出ているが、こうしたやり方で見えてくる改善は一過性のモノに過ぎない。国民生活の根本的な改革が求められている。
このように問題も多い国ではあるが、世界に大きな影響力があるのも事実。今の日本に求められているのは、感情的にならずに冷静に中国を見て、中国と大人の関係を持ち、日本の存在感を示す時期に来ていることをしっかりと認識することなのだ。
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