第271回 2006年3月11日放送
日本の鉄鋼業は絶好調だ。最大手の新日本製鐵の業績も、ここ3年ほどの間に急速に回復し、今年の3月期の決算では売上高・経常利益ともに過去最高を更新する見通しだ。その新日鐵の陣頭指揮を執るのが三村明夫社長(2003年に社長就任)。1963年に大学を卒業し、富士製鉄に入社。7年後の1970年に富士製鉄と八幡製鐵が合併し新日本製鐵が誕生した。その後、海外留学を経験し、帰国後は経営企画や自動車用鋼板の販売などの要職を歴任してきた実力者だ。
鉄鋼業の復権。三村社長はその理由として、中国の需要拡大という追い風に加え、メーカー自身による事業の「選択と集中」を挙げる。三村社長曰く「すさまじい選択と集中」を新日鐵は行ってきたのだ。かつて6万人いた従業員は2万人にまで減らし、コア事業と関係が薄い事業や収益が出ない事業から資本を引き上げた。「おかげで、今は全て健全。含み損失はない」状態にまでリストラは進んだと言う。
しかし、こうした徹底したリストラをすればするほど三村社長が感じたことがある。それは「企業は軸がなければ大きなリストラは出来ない。企業のすべてを変えてしまうと根無し草になってしまう。変えるべきところは変え、変えざるべきものは変えない。そう考えると、新日鐵の軸は『技術』と『お客様との対話』だ」と言う。
新日鐵はリストラを進めながら、その一方で技術力を磨いてきた。世界で一番厳しい日本のメーカーの要望に応えながら成長してきたのだ。例えば、新日鐵が得意とする『ハイテン』と呼ばれる自動車用鋼板。衝突安全性と軽量化の両立、つまり強度を高めながら薄くて軽いという相反する性能を高いレベルで満たしている。まさに先端技術の塊だ。更にこのハイテンは、車種や使われる部分によって厚さや硬さが異なり、新日鐵君津製鐵所では、材質だけでも40種類、完成品は数百種類にも及ぶハイテンが作られている。このハイテンは、自動車だけでなく造船や家電など幅広い分野で使われており、ここ1年以上は生産能力一杯の操業が続いている。今や新日鐵の収益の柱だ。
新しい時代に向けての挑戦も始まっている。その一つが中国進出。現在、世界の3分の1の粗鋼生産量を誇り(2005年の世界生産量は11億3千トン、うち中国は3億5千トン)需要も世界3分の1を占める巨大市場。その中国で新日鐵は、かつてないビッグプロジェクトに乗り出した。上海宝鋼集団(中国)・新日鐵・アルセロール(ルクセンブルグ)との合弁会社・宝鋼新日鐵自動車鋼板有限公司だ。自動車用鋼板を専門としており、170万トンという年間生産量は中国の国内需要の50パーセントにも相当する。そこで心配されるのは技術の流出だ。契約書には『技術を外に出さない』という文言があるものの、当然リスクはある。自動車用鋼板「ハイテン」は先端技術の塊だからだ。しかし三村社長は「総合的に判断するしかない。技術はジワッと外に出てしまうだろうが、大きなビジネスチャンスのある中国に出ないわけにはいかない。対抗策はただ一つ、技術に磨きをかけ続けることだ」と考えている。中国に進出した自動車メーカーからの強い要請に応えた、という側面もある。
世界全体で見ると、鉄鋼業界は大再編時代を迎えている。10年前と比較しても合併や提携をしていない大企業は世界に数社しかない。この大きな構造変化は、1997年のタイでの通貨危機から端を発した大不況と関係がある。モノの物価は下がり、コスト競争は激化し、収益を上げている企業でさえ、利益を上げることができなくなってしまった。厳しい環境の中で生き残るために、多くの鉄鋼メーカーが再編という選択肢を選んできた。日本国内でも2002年にNKKと川崎製鉄が合併しJFEが誕生。新日鐵も住友金属工業、神戸製鋼所と業務提携を結んだ。そして今、粗鋼生産量世界ナンバー1のミタルスチール(オランダ)が第2位のアルセロール(ルクセンブルグ)に買収を提案、世界の注目を集めている。もしこの買収が上手くいけば、粗鋼生産量が1億トンを超える超巨大鉄鋼メーカーが誕生する。第3位の新日鐵と比べ3倍以上の生産量だ。また、アルセロールは高い技術力を誇るメーカーで、ミタルスチールの狙いはそこにあると言われている。
だとすると、日本の鉄鋼メーカーも買収防衛策が必要になってくる。三村社長は、国内外のアライアンス更に強化し、株式の持合を更に進めていく考えを明らかにした。
今後の鉄鋼業界の未来に「とても希望を持っている」と話す三村社長。中でも高級鋼材のニーズは更に高まるだろうと分析している。日本の復活を大きく支えている製造業を支える鉄鋼業。かつて『鉄は国家なり』と言われていた。長い低迷を経て今また「鉄の新しい時代がきた」ようだ。
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