第244回 2005年8月27日放送
日本人飛行士がラーメンの宇宙食を持参したくらい、日本人は無類のラーメン好きである。そんな「ラーメンビジネスが外食産業の最後の楽園だ」という人がいる。それが、390円ラーメンで全国にチェーン展開し、2003年3月にラーメン業界として初めて東証1部に上場した『幸楽苑』の新井田傳会長。
なぜ最後の楽園なのか?ラーメン市場は7000億円と巨大だ。居酒屋(5000億円)、回転寿司(5000億円)、ハンバーガーショップ(6300億円)よりも大きい。しかも他の外食産業はチェーン化など大企業化して生き残りを図っている反面、ラーメン業界の9割は個人経営で、ラーメン業界大手6社の売上高は全体の僅か10%を占めるに過ぎない。ということは、それだけ大手が入り込む余地があると新井田会長は見ている。
ただ、一般的にラーメン店のチェーン展開が難しい。ハンバーガーやパスタ、牛丼など他の外食商品と違い、ラーメンは麺がのびてしまうからだ。スープの温度が85℃を下回ると商品としての劣化が始めるという。そこを「マクドナルドのように、どこで食べても同じ味のラーメンを提供する」ことを目指し、実現したのが新井田会長だ。売上高308億円、店舗数378店という実績からも、備幸楽苑のビジネスモデルが成功していることが分かる。
ラーメン店を全国チェーン展開するうえでの重要ポイントは以下の3つだという。
(1) 食材の内製化
幸楽苑では、小麦粉など外国から輸入しなければならないものを除き、材料の約80%は自社で生産している。総投資額30億円で建設した小田原工場には新井田会長が最先端技術の自動機械がずらりと並んでいる。例えば、人の手なら1時間で300個が限界の餃子作りを、この工場内では9500個も作れる。コストを下げ、390円ラーメンは「ただ安いラーメン」ではなく、「妥当な価格のラーメン」になっているのだ。
(2) 店舗と味の均一化
店舗内は48席・62席・100席という3つのパターンの同じレイアウトになっている。価格は390円・490円・590円・690円の4パターンで展開し、店員にとっても、客にとっても分かりやすい。最も難しい味の均一化は、長年の技術とノウハウを導入した自動装置を開発、経験の浅い社員でもある程度練習すれば、誰でも同じラーメンが作れるという。
(3) マニュアルの徹底
できるだけ人の負担を軽減するため、どこに行っても同じ味とサービスを提供できるよう、マニュアルの作成とその実践を徹底している。
機械化・自動化で作業効率はアップするが、何よりも大切なのはラーメンの『味』。新井田会長は「飽きてしまう食品メーカーの味ではなく、食堂の味にこだわっている」。そのため「何が何でも機械化するのではなく、いかに食堂の味を機械化するかを考えている」とのことだ。
食堂の味へのこだわりは、新井田会長自身の人生に深く関わっている。会津若松市出身の新井田会長は、地元の高校を卒業後、浪人生活を送っており、その時、父親が経営していた『味よし』という食堂を手伝った。その食堂はボロボロで、味も「客から『店の名は味よしだが、本当は味まずいな』と言われてしまう始末だったそうだ。「あの時の父親の背中は小さく見えた」と会長は振り返る。
しかし、そこで諦めなかったのが新井田会長のすごいところ。むしろ「親父の食堂を継いで、うまくて安いものを出し、福島で一番の食堂にしてみせる!」と闘争心とハングリー精神が芽生えたのだ。18歳の時、早速、大学進学ではなく、東京服部栄養学校に行き、卒業後は中華料理店の「後楽飯店」(後の幸楽苑の名前の由来となる)などで修行。早く福島一の店になってやるという熱い想いから、10年で習得する技能をたった2年で身に付け、20歳で帰郷、父親の食堂を引き継いだ。
当初からチェーン化を考えていた会長は、家の一部屋を改造し、簡単な製麺機と餃子の機械を入れた。それらを改造し、いかに飽きない食堂の味にするかを研究し始めた。店でも本格的な中華料理を出すようにし、次々に店を増やし、1970年に『幸楽苑』を設立した。それからは、新井田会長の当初の夢だった「30代で福岡一、40代で東北一、50代で全国一になる」を有言実行していったのだ。もちろん、会社が大きくなっても、「食堂の味」を基本にし続けた。
そんな新井田会長が会長業の9割を注いでいるのが人材の採用と教育である。年間40回も会長自らが就職説明会に出向き、自分の夢やビジョンを学生に語っている。バブル真っ只中の1988年には就職説明会に高校卒業予定者ですら1人も来てくれず、「これでは会社がダメになる!」と強く感じた。
そこで1989年から大改革を実施。賞与や有給を増やし、会長も就職説明会に出るようになった。その甲斐あって、会長の熱い思いを聞いた多くの学生が「ここで自分の夢が叶う」と入社するようになった。今では大卒社員の比率は50%を超えているという。「会社に入る前にいかに会社に惚れさせるかが大事。入社後の研修では遅すぎる」と考える新井田会長が率いる幸楽園の社員の離職率は15パーセント弱。一般企業の平均的な離職率は38%、外食産業では50%と非常に高い中にあって、幸楽苑の離職率はかなり低いといえよう。それだけ社員一人一人が会社の中で夢を見出しているのだろう。
外食産業を取り巻く環境は依然として厳しい。市場規模は年々縮小している。その理由は中食産業の台頭だけでなく、新井田会長は「コンビニとの競争が大きい」という。コンビニの1人当たりの客単価は600円。この価格に近づけ、質のよいものを提供しているところが生き残っている」と見ている。
新井田会長の夢は、全国1400店舗にすること。東日本を中心に展開している幸楽園は来年に京都工場が稼動し、「これで山口県まで一気に展開できる」とみているのだから、目標は近々達成されそうだ。そして「次なる狙いは世界市場」。すでに韓国での1人当たりのインスタントラーメンの消費量は日本を超えた。上海や北京を中心に日本式ラーメン(現地では日式ラーメンという)が流行っている。ハワイには行列ができるラーメン屋もある。日本のラーメンが世界に通用する可能性は高いといえよう。幸楽苑の海外進出が成功すれば、もしかしたら、外国人の好きな日本食は『寿司』と『ラーメン』が定番になるかもしれない。そうなったら日本人として鼻高々だ。
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