第238回 2005年7月16日放送
日頃お世話になっていながら、特に気にとめたこともなかったのが「ファスナー」だ。もともとは、靴の紐を結ぶのが面倒だとアメリカ人が開発したのが始まりだそうで、「Ten Cent Business」といわれるほど単価が安い商品だったとのこと。しかし、そのファスナーで世界トップメーカーになったのがYKKである。世界シェアは45%で2位以下を大きく引き離している。年間に生産するファスナーの長さは実に230万キロメートルにも及ぶ。地球60周分、地球と月を3往復もできる長さというから想像をはるかに超えている。
YKKの創業は1934年。当初の資本金は350円、東京・日本橋にファスナーの加工・販売会社として誕生した。会社の名前は創業者である吉田忠雄氏の名前を取り吉田工業だったが、後に頭文字をとりYKKとした。創業者の吉田忠雄氏は、誠意を尽くして話せば相手は必ず理解し期待通りに動いてくれるという『性善説』経営で、小さな町工場を『世界のYKK』へと育て上げた。創業から75年、いまだに右肩上がりの成長を続けている。
創業者の長男である現社長の吉田忠裕氏は、米ノースウェスタン大学大学院でMBAを取得した国際派である。創業者の長男だからとワンマンになったり無理難題を言ったりするのではなく、もちろん創業の精神を大切にしながらも、周囲の声に耳を傾け、新しい時代の変化を捉え、YKKを進化させ続けている。
その1つが積極的なグローバル化だ。もともとYKKは、1959年にニュージーランドに進出するなど海外展開は早かった。最近よく耳にするBRICsの国々にも、ブラジルには1972年に、中国には1992年に、インドも1995年に、そしてロシアにも2004年に進出済みだ。現在、世界68カ国に123社・26拠点を構えている。
なぜ、これほどまでにグローバル化を進めたのだろうか?それはファスナーというビジネス自体に理由がある。ファスナーはJust in Timeビジネスだ。アパレル業界ではデザインの開発には時間をかけるかもしれないが、いざ洋服を作る段階になると、すぐにでもファスナーの発注が来る。日本からファスナーを輸出していたのでは、とても顧客の満足を得られない。それどころか注文はどこか他者に回ってしまうだろう。午前中に注文を受けたら午後には届けなければならない!どうしても顧客の近くにYKKの工場が必要だったのだ。
YKKのもう1つの進化が「高付加価値ファスナー」への取り組みだ。ファスナーメーカーは中国だけでも2000社もあるという。中国企業の生産量を合わせると、YKKの73億本を大きく上回り150億本程度にも及んでいると見られる(ちなみに全世界の生産量は280億本)。安い労働力の中国企業と真正面から勝負しても意味はない。そこでYKKは高付加価値製品に力を入れている。もともとファスナーの世界的な平均単価は1本10円程度であるのに対して、YKKの平均単価は15円〜20円と高い。しかし、最近では単価4000円の特殊ファスナーもあるというから驚きだ。例えば宇宙服や海難防護服、化学工場で使われる作業服用のファスナーなどは密閉度など高い精密性を要求される。ほとんど手作業に近い形での生産だ。世界No.1の企業だからできる技術力といえよう。
ファスナーといえば衣料品だけに使われると考えがちだが、実はあの明石海峡大橋の下にもYKKのファスナーが使われている。橋のつなぎ目にはメインテナンス用の隙間があり、そこには巨大な袋があるそうだが、ファスナーを開けば簡単に掃除が出来るしくみになっている。最先端技術は液体輸送にも革命をもたらすかもしれない。YKKが開発した「ソフトタンク」は、液漏れしない大きな袋に牛乳を入れて輸送するもの。牛乳の入った袋をトラックで運び、到着したらファスナーを開けて中身を出す。その袋を折りたためば小さくなるので、帰りは別のものを輸送できるという考えだ。何といっても中身の牛乳がこぼれないほど精密なファスナーがなければ実現できないわけで、YKKの技術力の高さが伺える。
「ファスナーは生活に密着しており安くて便利。ミシンさえあれば縫うことができる。そのため人々が経済的に豊かになって自動車などを買い始めるよりも前にまずファスナーが売れる」と語る吉田社長は、世界の人口動態を常にチェックしているという。中でも経済成長著しいアジア、特に中国は今後有望な市場。経済が発展すればするほど、高付加価値製品を手掛けるYKKの活躍の場も広がりそうだ。ものと考えているからだ。残念。
|