第237回 2005年7月9日放送 私もインターネットを通じてニュース映像などをよく見る。しかし、パソコン上の動画画面は小さく、動きもスムースでないので、正直言って見づらいとの印象を持っていた。「テレビ画面ぐらい大きく、きれいに見られたら助かる」と思っていたのだが、いやいや、もう思わなくてもよいのだ。だって既にそれは可能になっていたのだから。 2001年に棚橋淳一社長(45歳)が立ち上げたITベンチャー企業のデジタル・ネットワーク・アプライアンス(略してDNA)。そのDNA社が開発した独自の映像処理技術が注目を集めている。セットトップ・ボックスをブロードバンドに接続すれば、見たいときに見たいものを高速ダウンロードして、TV画面で見ることができる仕組みで、パソコンは不要だ。既に、過去のニュース映像や競馬の放送など12のジャンル、3000本以上のソフトを提供している。いわば、「インターネットを使ったレンタルビデオ」で、しかも返却する必要がないので、ビデオ返却を忘れ、延滞料金を払うこともない。 棚橋社長は、早稲田大学電気工学科を卒業した後、大手電機メーカーに就職し、半導体の設計・通信と画像処理に関わっていた。その時にワシントン大学のキム教授が提唱する画像処理技術を知り、棚橋氏を含む大手電機メーカーがアメリカで共同開発プロジェクトを立ち上げた。しかし、4年間で数百億円を投資したものの研究開発は中止。そこで棚橋社長は「これを成功させれば、メディア革命になる」という使命感もあって、それまで勤めていた会社を辞め、2001年に渋谷の6畳一間から再出発することにした。そして2002年、研究開始から10年を経て、独自の「メディア・プロセッサ」の開発に成功、製品化にこぎつけたのだ。 既に、ブロードバンド映像配信サービスは、KDDIの「光プラスTV」、NTT東日本の「オプキャス」、東京電力の「ひかりde DVD」など大手企業も続々と参入している。しかし、棚橋社長は特に警戒している素振りを見せない。他社は自分たちが提供している回線に繋がらなければ利用できないが、DNAのサービスはどの回線でも大丈夫という大きな特徴があるからだ。 さらにネット映像配信で問題になるのが著作権問題。多くのコンテンツには著作権が絡んでおり、その権利を買うと膨大な資金が必要になってしまう。しかし、DNAは権利を買わない。いや、買わなくてもいいビジネスモデルを考え出したのだ。 まず、テレビ局や制作会社や代理店などコンテンツを持つ企業がDNAにソフトを提供する。DNAのサービス利用者はコンテンツごとに購入代金を支払い、高速ダウンロードして映像を楽しむ。その購入代金をコンテンツ提供者(著作権者も含む)、サービス提供者、DNAなどで配分する仕組みである。いわば、DNAはコンテンツの置き場所を提供しているだけで、コンテンツ提供者も眠っている資産を有効活用できるメリットがあるため、著作権問題が比較的クリアされやすいと言う。 もちろん、最新ハリウッド映画になるとお金がかかり過ぎてしまう。そこで、DNAは、最新のビッグタイトルなどは狙わず、過去の映像を数多く蓄積することで特徴を出そうとしている。例えば、「自分の生まれた年のニュースが見たい」「ベルリンオリンピックを全部見たい」などニッチな願望に答える番組選びをしている。中央競馬PRセンターと提携してスタートした『馬どっと・TV』もその1つだ。日本中央競馬会(JRA)が主催した過去のレースを見ることができる。スローモーションにして、馬の足捌きなども研究できるというものだ。これは万人が興味を持つものではないが、確実にニーズはある!。こうしたニッチなニーズの積み重ねがもたらす大きな市場に着目しているのだ。 同じような発想で、テレビ局のニュース番組やスポーツの生放送は対象外と捉えている。そのため棚橋社長は、最近よく言われる「ITと放送の融合」などありえないと言い切る。通信と放送の特徴を考えれば、無理やり融合させようとしても意味はなく、むしろ互いを補う『共存共栄』の関係だと考えている。 さて、これだけの技術を持ち、ユニークなビジネスプランがあるのだから、大手IT企業が放って置くはずがない。棚橋社長もハッキリとは言わなかったが、買収を持ちかけられているようだ。ただ、どの回線でも利用できるのがDNAの技術の特徴の1つ。いわば中立的な存在であればこそ、数多くのコンテンツが集まってくる可能性を秘めているのだ。そのため、買収話にはナーバスになっているとの印象を受けた。もちろん、いずれは株式上場も果たしたいという棚橋社長だが、その際も企業防衛策は必須のようだ。 とにもかくにも、まだスタートしたばかり。まずは利用者の拡大に努めなければならない。当面、2万人の会員が確保できれば軌道に乗るそうだが、将来は世界の10人に1人、日本国内に100万人の会員を集めるのが目標だ。その時が来たら、「ねぇ、ちょっと。12年前のポーランドで流行したドラマ見た?」などと、ワールドワイドなTV談義ができるようになっているかもしれない!? |