第223回 2005年4月2日放送 国内最大手の総合医療機器メー カー『テルモ』は、ドイツ語で体温という意味の通り、もともと体温計の会社から始まった。第一次世界大戦が勃発し、それまでドイツから輸入していた体温計が手に入らなくなった。そこで国産で良いものを作ろうと、1921年に社員24名でスタートしたのがテルモの創業だ。それから40年間は主に体温計事業、1960年からは日本初の 使い捨て注射器を売り出し多角化経営時代に入る。そして現在では、血管の検査や治療に使 われるカテーテルや人工心臓など、高度医療機器の分野で圧倒的な強さを誇っている。現在のアイテム数は約1万、世界初の冠を持つものも少なくない。 しかし、和地孝会長が富士銀行からテルモに移ってこられた1989年頃は、3期連続の赤字に転落するなど低迷期にあったという。和地さんは、その最大の原因を25年以上も同じトップの下で出来上がってしまった『指示待ち体質』にあると考えた。指示待ち体質とは、言われたことだけをやる、失敗を恐れる、チャレン ジしない、評論はするものの時代の流れを見ない・・・などのこと。 そこで、まず着手したのが『企業体質改善』。2年半かけて現場を回り、現場の声を聞き、自分の意思を伝えていった。その中で現場から一番耳にしたのが「いつ辞める?いつ辞めさせられる?」というもの。そこで和地さんは公言した。「人はコストではない。人は財産だ。頑張れば利益は出るが怠ければ損をする」。トップ自ら「こうしよう!」と決意することにより、自分の心に火をつけ、社員の心に火をつけようとしたのだ。その熱意はテルモ社員の心を動かした。社員のアンケートからも、こんな社内変化が見られたという。 - 若手社員が会議で発言するようになった
- 女性が辞めなくなった
- 他部門の敷居が低くなった
- 社内にカラーシャツの人が増えた
思い切った構造改革によってテルモの業績はV字回復を果たす。2004年度にはリストラなしで11期連続の増収を達成した。 それでは生まれ変わったテルモは、世界レベルで見るとどのような位置にいるのだろうか。実は世界トップ3はアメリカが独占。(1位はJohnson and Johnson, 2位Baxter,3位はTyco、テルモは21位)。1位のJ&Jの売り上げは1兆7721億 円、テルモは2152億円で大きく水をあけられている。大きな要因はアメリカ企業がM&Aによって成長していることにある。その規模もJ&Jがガイダンス社を2兆円で買収するなど破格な額で行われている。 もう一つ言える事は、アメリカ企業には失敗を恐れず、挑戦する風土があるという。確かに日本の医療機器メーカーは、人の生命に直接関わらないCTスキャンやMRIなどの診療機器では頑張っているものの、人の生命に直接影響する治療機器では遅れをとっている。「やはり日本人特有の失敗を怖がり、失敗を責める風土に原因がある」と和地さんは危惧している。また、かつては規制により海外の医療機器が日本市場に入ってこられなかったため、その間に同じものを作ってしまえば良いという考え方も定着してしまった。「技術を自ら開発することに胡坐をかいてしまっていた」と和地さんは振り返る。 しかし、これではグローバル展開は出来ない。規制緩和もあり、スピードも競争力もチャレンジ精神も必要不可欠となっているのだ。そこでテルモは研究開発に一段と力を入れている。その1つの表れが神奈川県足柄上郡に建設した日本最大級の医療研究施設だ。テルモの研究開発スタッフと実際に医療に従事している医師などが協力し合う場である。連日、臨床医で満杯のこの施設では、最新鋭の医療機器や新製品の実験、機器の取り扱いを練習し熟練度を上げるための取り組みが行われている。一方、テルモにとっても医師達の生の声を直接聞く事ができ、研究開発に役立てられるメリットがある。 例えば、カテーテルのコシが強 いか弱いは、実際使ってもらわないと分からないことの一つだそうで、このように医師と機器開発者がベッドサイドで話し合い、開発していくシステムは、アメリカでは当然の取り組みだが、日本では開発者が病院に出向き意見を聞くだけの体制に留まっていた。 「日本人は、良い物を作ろうという熱い思いを持ち、物を融合させる力を持つ。医療機器の研究開発にとても向いているはずだ」という和地さん。チャンレンジ精神のあるテルモは秘めたる大きな力があるのかもしれない。 |