第220回 2005年3月12日放送
「住友電気工業って何をやっている会社?」・・・住友電気工業の松本正義社長は、時々このような質問を受けるそうだ。確かに事業内容を見てみると、自動車部品・エレクトロニクス・情報通信・産業用素材・電線など実に多岐に渡っている。そのため投資家向け説明会などで「選択と集中をしていないのでは?」とも指摘されるそうだが、松本社長は「基本は電線。電線の技術から派生した分野が、いま花開いている段階だ」と説明している。
そもそも住友電気工業は江戸時代(1897年)に銅板や銅線を製造する『住友伸銅場』を開設したのが始まり、と歴史は古い。1900年代に入ると当時高価な輸入品だった電力用ケーブルや通信用ケーブルを手がけ、技術を蓄積。『電線の住友電気工業』の地位を確立してゆく。戦後、電力や通信インフラの整備が進められ、銅ケーブルの需要が飛躍的に高まり住友電工の事業も急成長。戦後の電力・通信インフラ整備を支えた。そして1980年代、光ファイバーの研究開発が始まり、住友電工も銅の通信ケーブルから光ファイバーケーブルへと事業を大きく転換していった。更にこの時期、エレクトロニクスや産業用素材など事業多角化も進み、ハイテク企業へと変貌。そしてアメリカから端を発したIT バブルも追い風となりドンドン成長し、2000年度には当期利益が過去最高の400 億円を記録した。
しかし、希望の星だった通信事業はITバブルの崩壊でズタズタに。2002年度には設立105年目にして初めての最終赤字に転落ししまったのだ。その後、住友電工は構造改革に取り組む。事業の縮小、減損会計、設備の遺棄、人員の配置転換などを行い、業績はV字回復。2004年3月期の売上高は1兆5000億円、経常利益600億円、今年度も増収増益を達成する見通しである。
このV字回復には2つの大きな特徴がある。
(1)まず長年築いてきた社員と経営陣の信頼関係。大正10年を最後 に労働争議がないことでも知られている。オイルショックの時も、当時の亀井社長は社員のリストラを避けるため管理職の賃金カットに踏み切り、その分を研究開発にまわした。現社長の松本氏も、組合の言うことをよく聞くことを経営の基本とし、今回の構造改革でも人員削減を極力避けた。
(2)もう一つは、自動車分野の急成長。第一次石油ショックが起きた 1973年、松本さんは27歳の時で、単身でアメリカに赴任。そこで見たアメリカの車社会のすごさに驚き、「日本もいずれは車大国になる」と考え、この中で住友電工はどうあるべきかを考えていた。その読みは見事に的中! 10年ほど前は、まだ小規模だった自動車分野だが、車の高性能化に伴って住友電工のワイヤーハーネスの需要が急拡大しているのだ。自動車の窓を自動で開閉したり、自動で鍵をかけたり、カーナビを動かしたりする など、電子情報を伝達する配線だ。人間の体でいえば血管や神経だろうか。普段は目にしない車の配線だが、実は1台の自動車に張り巡らされているケーブルの数は 約1000本。配線の長さの合計は1500メートルにも及ぶ。車の技術開発がめまぐるしいスピードで進んでいる今、ワイヤーハーネスの役割は今後も高まると見られている。このワイヤーハーネス、世界シェアを見ると、住友電工が17%。デルファイ(米国)、矢崎総業(日本)に次いで世界シェア3番目の実力。住友電工は2010年に世界シェア20%を目標にしている。
また住友電工のグローバル展開にも驚かされる。海外拠点は128か所(北米32、ヨーロッパ25、アジア63など)。し かも拠点の半分は自動車関連製品の会社だ。世界中に8万7000人もの従業員を抱えている。アメリカとヨーロッパはコスト競争が激化しているため、今、最も注目しているのはやはり中国、そしてインドだという。(ちなみに松本社長のBRICKsの 優先順位は中国・インド・ブラジル・ロシアの順)。「中国は政治面でカントリー・リスクはあるものの巨大市場である」と最重要市場と見なしている。インドと住友電工は20年以上も前からビジネスをやっており、馴染みの深い市場だ。インドは人口増加のスピードが早く、経済成長率も中国をいずれ越えると言われており、すでに中産階級が1億3000人もいる(日本の全人口と同じ!)。松本社長 は「インドは5年後には魅力的な市場になる」とみており、「インドはぜひ見ておかなければならない」と注目している。
しかし、その一方で、「リスクヘッジをしながらバランスのよい経営をしないと会社はひっくり返ってしまう」と慎重な面も覗かせ、中国とインドに特化するの ではなくカンボジアやベトナムなど他のアジア諸国にも拠点を置きリスク分散をしている。また国内に留めておく技術と海外で生産するものの選別も、今後いっそう大事になると考えている。
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