#50 「幕末の竜虎」 2013年9月18日放送

#50 「高杉晋作 VS 久坂玄瑞」

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明治維新胎動の地と呼ばれる場所がある。吉田松陰が開いた松下村塾である。ここで、伊藤博文や山県有朋など幕末から明治にかけて活躍する数多くの偉人を輩出した。中でも特に吉田松陰が目をかけた二人の男がいる。
一人は、高杉晋作。日本初の民兵による軍隊、奇兵隊を率い幕府軍を打ち破った風雲児。もう一人は、久坂玄瑞。松陰がその「才知」を愛し、日本の将来を担うべきと評した男。松陰は言う。『晋作の識見を持って、玄瑞の才を行えば、この世に出来ないことはない』果たして、松陰はどのようにして二人を育て上げ、二人は日本に革命を起して行ったのか?今回は土佐の龍馬と中岡、薩摩の西郷と大久保と並ぶ、長州の竜虎、高杉晋作VS久坂玄瑞に迫ります!!

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長州の竜虎!!牙を研ぎ、玉を磨く

嘉永6年、ペリー提督が開国を求め来航。井伊直弼は、朝廷の許可なく開国を決める。しかし、これに対し、人々は外国船を打ち払う『攘夷』を叫び始める。その一人、吉田松陰は、『攘夷を行うには敵を知る必要がある』と、密航を企てるが失敗。罪人となり萩に戻った松陰が、26歳で始めたのが松下村塾である。
玄瑞は17歳で入門、その約一年後に晋作が入門する。松陰は、初めて会った時の晋作についてこう書いている。『常識に囚われずに 行動する力を持つが、学力が不足している』松陰はことある毎に玄瑞を褒め、晋作を叱った。そうして、二人をライバルとすることによって互いを切磋琢磨させたのだった。

身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

二人の師、松陰はとにかく、思想に対して行動をもってあたる人物。松陰は老中の暗殺を企てる。しかし計画は幕府に漏れ、松陰は投獄され、道半ばの30歳にして処刑される。以降、松陰の遺志を継ぎ攘夷へ、倒幕へ二人はその中心となって動き出す。

おもしろき こともなき世を おもしろく・・・・

先に動いたのは玄瑞だった。三条実美と計り上洛した将軍家茂に攘夷を五月十日に実行すると約束させた。長州藩は、関門海峡を通るアメリカ商船に向かって砲撃を開始。攘夷を決行。その後も仏、蘭軍艦を追い払い、攘夷の成功を見届けた玄瑞は、京へ報告に向う。しかし、6月1日。京に着いたその日、アメリカの軍艦が反撃を開始。
長州藩は、三隻の軍艦の内、二隻を失う大敗を喫する。そこで立ち上がった男こそ高杉晋作である。晋作は、武士たちのふがいない戦いぶりに呆れ、町人や農民による奇兵隊を作り上げる。日本初の民兵の登場は、武士の時代の終焉を告げるものとなる。その後、禁門の変の敗北で玄瑞は自害、晋作も結核に倒れともに20代半ばにしてこの世を去った。松陰が道を示し、玄瑞が開いた道を、晋作が走った。文字通り、革命に命をかけた二人の男たち。果たして、真の勝者はどっちだ!?

高橋英樹の軍配は…

今回わたしは何に感動したかというと、奥さんに21通の手紙を残したあの純粋さ!あの純粋さを持っていたからこそ、この場を死に場所と決めて、24歳で死んでゆく久坂玄瑞の生き様。絶対我々にはできない。あそこまで研ぎ澄まされた生きざまをする久坂玄瑞という人には、もうちょっと生きていてほしかったな、という思いがしますね。
というわけで今回は・・・久坂玄瑞!