今回の列伝は、日本で初めて女性医師として活躍した楠本イネ。シーボルトの娘として誕生したイネは、まだ医者が男ばかりだった江戸時代後期、唯一の女性として医学を志した。西洋医学を知る父の門下生たちを訪ね、全国各地を奔走。やがて、産科医を目指すようになり、見事自分の病院を持つ。そして明治天皇の第一子の出産に立ち会うよう宮内省からの辞令が下るまでに至る。孤独に、しかし、力強く生き抜いたイネの人生を読み解く。
江戸時代後期に生まれ、幕末、明治へ至るまでの激動の時代、日本で初めての女医として生き抜いた楠本イネ。しかし、そこに至るまでの道のりはまさに茨の道。父シーボルトに溺愛されるもわずか2歳で離ればなれに・・・。父の門下生を訪ね、愛媛・宇和島や岡山へ旅立ち、修行を重ねる。そこで子供を身籠ったイネはシングルマザーとしての道を自ら選択。大村益次郎こと村田蔵六、父シーボルトからの援助を受け、ついに女医として自立。宮内省からの思いがけない辞令を拝受するまでに至る。屹然と歩み続けるイネの人生に迫る。
長崎・出島のオランダ商館で、日本人医師たちに西洋医学を伝授していたシーボルトと、診察中に見初められた楠本滝が結ばれ、イネが誕生する。しかし、秘密裏に禁制品を本国へと送ったことを発覚するシーボルト事件により、父とイネは離ればなれに。孤独な子供時代を送る中で、父を想い、学問へ目覚めていく。
「私の下で医学を勉強しませんか?」イネに一通の手紙が届く。シーボルトの門下生の一人・二宮敬作からだった。イネは父の意志を継ぎたいと、二宮のいる宇和島へと渡る。しかし、待っていたのは厳しい医学修業の毎日。女性が医師になるなど無理だと落ち込むイネに、二宮は道を指ししめす。「あなたは産科医になるべきだ」当時、医者が男ばかりであった江戸社会の問題をひしひしと感じる二宮の言葉に、イネは光明を見出し、決意する。
二宮の下で5年間修業を重ねたイネは、本格的に産科を勉強するために岡山にすむ石井宗謙の下に弟子入りする。書物を読み、現場に立つ充実した毎日を送る中で、しかしイネは悲劇の運命に襲われる。師匠・石井との子供を身籠ってしまったのだ。男女の関係だったのか、それとも手籠めにされたのか?真相は謎に包まれているが、イネは自らシングルマザーの道を選び、一人で子供を産み育てる決断をする。女性が一人で生きていくことが難しい江戸時代においてそれは茨の道であった。
長崎に戻り、出産したイネは、再び女医を目指そうと、子供を母に託し、二宮のいる宇和島へと渡る。そこで傷ついたイネに新たな志を与えてくれる男との出会いがあった。村田蔵六、のちの大村益次郎である。新たな学問と国を変えようとする村田の大きな器量に触れ、イネは世の中の役に立ちたいと考える。そんなイネに30年ぶりに父との再会が待っていた。父はイネの医学修業を後押しし、女医としての道に大きな活路を切り開いてくれた。
次々新しい文化が入ってくる明治新時代となり、宇和島藩のお抱え医師となっていたイネもまた自らの医学において研鑽をつんでいった。ポンペ、ボードウィン、マンスフェルトといった錚々たる医者たちに学んだのだ。しかし、イネに悲しい事件が。明治政府の幹部にまでなっていた村田蔵六が、刺客に襲われたのだ。イネは大阪に駆けつけ、看病に徹するも、村田はなくなってしまう。失意の中、イネの下に2人の人物が声をかける。異母兄弟であるアレクサンダーとハインリッヒであった。2人の援助によって、東京築地で産科医院を開業したイネ。その人気ぶりは凄まじく、福沢諭吉から大絶賛されるほどであった。そしてイネをさらに驚かせる知らせが舞い込んでくる。それは明治天皇の第一子の出産に立ち会ってほしいという宮内省からの辞令であった。まさにそれは、男女の性別を超え、一人の医師としての実力が公に認められた瞬間であった。
父親が外国人という、当時としてはハンディーを背負った境遇に生まれたけれど、一生懸命勉学に励み、またシングルマザーとしての強い生き方にも驚いた。父・シーボルトのDNAなのかもしれないね。明治天皇の第1子誕生の際の産科医に任命されるというのは、彼女が最高の技術と知識を持ち合わせていると公に認められて証。医学者としても、女性としても、パイオニア的存在であったし、彼女のポジティブな生き方を尊敬するね。