作曲家 千住明
喜びの歌
19世紀、ヨーロッパを席巻し、楽聖と称えられたベートーヴェンの最後の交響曲。「人類最高の芸術作品」とも評された不滅の傑作です。魂を揺さぶるこの歌声には、一体、どんな喜びや苦悩の物語が込められているのか?そして、もう一つ、世界中で愛されている喜びの歌があります。18世紀、音楽の都、ウィーンに現れた天才モーツァルトが、死の年に作曲した讃美歌です。清らかな歌声。至福とも言える喜びの世界へと誘います。モーツァルトが、この聖なる歌声に託した喜びとは何だったのでしょうか?ベートーヴェンとモーツァルト。クラシック界を代表する二大巨匠が生み出した「喜びの歌に」迫ります。
ベートーヴェンの「交響曲第九番」
ベートーヴェンの青春時代は、ヨーロッパ社会が、大きく揺れた時代でした。1789年に勃発したフランス革命を皮切りに、市民革命が波及。そんな時代に、人々に熱狂的に支持されたのが、あのシラーの詩だったのです。「抱き合おう いく百万の人々よこの口づけを世界じゅうに!」歌ったのは、「自由・平等・博愛」の理念だったのです。シラーの詩との出会いから、およそ30年、その思いを「交響曲第九番」に託したのです。1824年、ウィーンの大劇場で初披露され、聴衆は大合唱に熱狂しました。自由、平等、博愛のもと、人類は一つになることが出来るというベートーヴェンのメッセージが込められた歌だったのです。
モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
宮廷音楽家としてウィーンで華々しい活躍をしてきたモーツァルトでしたがフランス革命後、人気は陰りを見せはじめていました。そんな中、嬉しいニュースが飛び込んできました。最愛の妻、コンスタンツェが、子供を身籠ったのです。妻を静養させようと、ウィーン近郊の保養地バーデンに向かいます。そこで、バーデンの合唱指揮者だった友人が妻の面倒を見てくれたのです。モーツァルトの荒んだ心に訪れた人の優しさと、幸福感に満たされた日々。そしてモーツァルトは、王侯貴族やパトロンのためでなく、友人への感謝の気持ちを込めて曲をつくります。 その時出来たのが、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」でした。そこには自身の心の救済と全ての人々の幸福を願う、モーツアルトの祈りが込められていたのです。