作曲家 千住明
時に喜びに満ちて、時に切なく、そして時に激しく・・・ピアノの調べは聴く者を捉えて止まない魅力があります。そんな「心に響くピアノ曲」の二つの傑作が19世紀に誕生しました。「ピアノの詩人」フレデリック・ショパンが作曲した、今も屈指の人気を誇る「別れの曲」、そして「ピアノの魔術師」として大ピアニストの名声を手にしたフランツ・リスト作曲の「ラ・カンパネラ」です。温かくも憂いを秘めたような柔らかい響きの「別れの曲」と、胸に刻み込まれるような、煌めくような研ぎ澄まされた響きの「ラ・カンパネラ」。相反する響きは、いつの世も多くの人々の心に響き渡ります。その秘密は何なのか?ピアノ界を席巻した2曲に秘められた巨匠たちの想いと美学について紐解きます。
「別れの曲」の滑らかな調べには「ピアノを歌うように奏でる」という美学がありました。ピアノは原理的に打楽器で、そのため一度鍵盤を響きは減衰(消えゆく)してしまいます。その弱点を克服するために、ショパンは楽譜に「レガート(滑らかに)」と記載、演奏者には鍵盤の指を次の音が出るまで離さずに音を重ねることで、音が途切れないような演奏方法を求めました。さらに旋律は隣り合った音で構成されることで、人間の声が弱点とする大きく音が飛ぶことを避け、まるで歌曲のように人間が歌って感情が込めやすいメロディーラインにしています。そして必ず動き続ける中声部(コーラスでいうとアルトパート)を作り、旋律の隙間を埋めて「人間が歌うような滑らかな響き」を追求したのです。
一方ショパンと同時代に活躍したリストの代表作「ラ・カンパネラ」とは鐘のことで、キラキラと煌めく高音の響きがそれを象徴させます。その響きを支えたのが、リストの美学とも言うべく「超絶技巧」という何度の高い演奏方法でした。まずは鍵盤の上を目にもとまらぬ速さで行き来させる「跳躍」。その瞬発力によって鐘の硬質な響きをリストは追求しました。さらに曲の後半には音に厚みを持たせる「オクターブ奏法」を進化させ、エンディングに向って高速で連打させ、ダイナミックで絢爛豪華な響きを生み出しました。
「別れの曲」は音楽家の成功を目指しパリにやってきて間もないショパン22歳の作品です。その当時に書かれた手紙には「故郷が恋しい。それでいてあまりに鮮烈な思い出に苦しめられる」とあります。ショパンの故郷はポーランド。当時ロシア帝国の支配から逃れるための独立運動が激しく、その不穏な中でショパンは祖国を離れます。その直後、「ワルシャワ蜂起」勃発、しかしあえなく失敗に終わります。その知らせをきいたショパンは失望と何もできない自分へのいら立ち、そして故国への郷愁の念といった自らの心の機微をそのままピアノの音色に託します。ショパンのハートは幼いころから慣れ親しんだピアノと触れ合う指先と繋がっていたのかもしれません。聴くものの心に響いていたのは、二度と戻ることのなかった故国への深い愛情に満ちたショパンの「心の歌」だったのかもしれません。
超絶技巧オンパレードの「ラ・カンパネラ」。実はある人物との出会いがきっかけでした。それはヴァイオリンの鬼才として音楽界を席巻していたニコロ・パガニーニ。その超絶技巧にリストは強い感銘を受け、1832年、彼のヴァイオリン曲をピアノに編曲します。それが「ラ・カンパネラ」の原曲です。当時ピアニストだったリストは自らを売り出すためにこの曲を絶えず超絶技巧の連続にしました。この圧倒させるほどの超絶技巧はパフォーマンスとして失神者を出す程の人気を博します。しかしやがてテクニックだけがもてはやされる現実と葛藤します。そしてついにピアニストを引退、作曲家として「ラ・カンパネラ」の推敲を始めます。曲のタイトルの「鐘」の音の響きをより印象強くするために曲全体を再構成、さらにはピアノ曲で「オーケストラ」を目指します。作曲当時は、ピアノが飛躍的に進化を遂げた19世紀、音域と音量が一気に拡大します。リストはピアノの可能性を最大限利用し、沢山の楽器が登場し一つの交響曲を演奏するかのような壮大な構成にしたのです。前代未聞のピアノ曲でのオーケストラは、リストがピアノ人生を賭けて生み出した新しい響きだったのかもしれません。
※番組では、国内外で多岐に渡ってご活躍のピアニスト青柳晋さんに、「別れの曲」を情感たっぷりに、そして「ラ・カンパネラ」を圧倒的な迫力で演奏して頂きました。
時代を越えて常にアーティストがやらなくてはいけないことがあると思います。それは私たち人間の根本には摂理とも言えるルールのようなものがあり、その中で、その時の自らの感情を織り込んでいくということ。すなわちベースの中に1つ革新的な自分の感情を入れることが必要であり、ショパンとリストはそれが出来た二人なのだと思います。ということで、五線譜の内一本が少し暴れている感じをイメージしました。
「別れの曲」と「ラ・カンパネラ」は音楽に詳しくない私でも「聞いたことある!」というくらい有名な曲です。“ピアノの詩人”といわれたショパンと“ピアノの魔術師”といわれたリストが ピアノという楽器を最大限に生かすため考え抜いた末の作品だそうですよ。
ゲストは作曲家の千住明さん。人の感情という形のないものを音にするという作業、いったいどうやって?と質問すると 「たとえば花の気持ちになって“悲しい”を表現してみる」「“悲しい”もいろんな悲しいがあるからたくさんの引き出しが必要」との答え。物を見てその感情を想像し音にするという作曲家のお仕事は 繊細で豊かな感受性が必要なんでしょうね。